老人医療NEWS第145号
平成最後に再度『老人の専門医療』を考える!
老人の医療を考える会会員 天本宏

日本老年医学会は「高齢期に生理的予備機能が低下することでストレッサーに対する脆弱性が亢進し、生活機能障害、要介護状態、死亡などの転機に陥りやすい状態」という「フ レイル」の概念とその予防を提唱しました。治療中心のメディカルケアから、健康支援や予防を重視するヘルスケアの時代になったということです。

認知症の分野でも近年、MCI(軽度認知機能障害)よりさらに前段階のSCD(主観的認知機能低下)が注目され、認知症発症予備軍による自らの気づきの重要性が増しています。身体面でも精神面でも、いかに老いを早期発見し、発症を遅らせていくかという対策がこれから浸透していくと思われます。

予防と同時に終末期の在り方にも注目が集まっています。厚労省の呼びかけもあり、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の取り組みが活発化していますが、自分らしい老い方や逝き方を考える上で、この「人生会議」ともいえるプロセスに関わるために、我々老人の専門医療を提供する側はさらにスキルを向上していかなければなりません。

「十分な説明、本人の選択・意思表示の確認、チームで判断する」といったことが、ご本人・ご家族の納得を生み、その方らしい生を支えることになります。延命治療・延命介護をどこまで望むか、という問題も当然ついてまわります。

ヨーロッパでは、「自ら食べられなくなれば人生終わり」という文化もあるようで、誤嚥性肺炎という診断もないのではないかと思ったりもするわけですが、死ぬ権利や尊厳死の議論や法的整備の鈍い日本においても、これからは自然死をどう定義するか、看取りに寄り添うという在り方が、老人の専門医療の最も重要な使命になってくるだろうと私は考えています。

超高齢社会の中で、一人ひとりの健幸生活を支援していくためには、保健・医療・介護・生活支援サービスの統合が必要です。われわれサービス提供側には、それを実現するスキルとして、多職種によるチームケアの実践とマネジメントの科学性が求められてくるでしょう。フットワーク・ヘッドワーク・ハートワークという人間性も伴わなければなりません。そして何よりも、市民一人ひとりに「お任せ医療・介護」からの脱皮を促し、我が事として「生き方・老い方・逝き方」を問いかけるよう啓蒙していくことが我々の使命ではないでしょうか。予防からはじまり大往生するその時まで、市民が自ら考え、自ら生き様を選択していくようなセルフヘルプ(自助)の文化の醸成、ひいてはまちづくりまで関わっていきましょう。

平成から新たな年号に向け、「老人の専門医療を考える会」もまだまだ道半ば。これから一日一日を大切に、ともに我々の目指す道を追い求め、かつ自らの人生を自在に過ごしていきたいものです。

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若年世代のリハビリテーションの可能性
千里リハビリテーション病院 理事長 橋本康子

筆者は回復期リハビリテーションを主体とする病院を香川県三豊市(橋本病院)と大阪府箕面市(千里リハビリテーション病院)で運営している。地方と都市部との違いは様々だが、入院患者の平均年齢にも開きがあり、橋本病院では八十歳、千里リハビリテーション病院では六十八歳となっている。どちらも高齢者が多いものの、千里リハビリテーション病院では、二十歳前後の若者や中高生の子どもから六十歳以下の現役世代までが四分の一を超えている。

この年齢の違いは、リハビリテーションの違いにも繋がっていると感じているが、その違いと現行の制度や環境とが乖離しているように思う。実際の若年層の患者を現場で診ている者として、若年層にとって必要なことを述べたい。

若者や中高生の患者は、脳出血のほか、交通事故による頭部外傷などが多く、急性期病院で命を取り留めたものの、意識レベルが極めて低い状態で転院されてくる。これらの患者の覚醒レベルを上げるため、理学療法士などのリハビリセラピストが数人がかりで立たせ、歩かせている。セラピストたちは、この人たちのこれからの長い人生を考えた時、「私たちが、なんとかしなければ」と熱い情熱を持っている。

しかしながら、このように懸命にリハビリテーションに取り組んでいても、回復期リハビリテーション病棟で定められた三〜六ヶ月の期限の中では、社会復帰にまでは至らないことが多い。

例えば、小脳出血を発症した十六歳男子中学生のケースでは、病棟での入院は六ヶ月間だったが、彼の可能性を信じ、退院後も毎日三時間の訪問リハビリテーションを実施していた。すると、発症後七ヶ月目に自発動作が出始め、九ヶ月目には歩行器歩行が可能となった。また、食事摂取ができたのは十ヶ月目であり、話ができるようになったのは十三ヶ月目であった。さらには、今年のセンター試験を受験するまで改善することができた。

このほかにも、若年層のケースでは、入院期間を超えてから劇的に改善するケースが続いている。これは、私たちの想いとともに若さという将来の可能性にかけた結果である。若年層の場合、私たちが諦めなければ機能が改善する可能性があると考えている。現役世代の場合でも、日常生活動作の改善だけでなく、復職レベルへの改善には、一定程度の期間を要することがある。こういった取り組みは可能性があれば半年や一年、長ければ三〜四年続けている。

しかしながら、ここまで手厚いリハビリテーションは、医療保険の枠内では足りず、病院の持ち出になってしまう。特に患者が子どもの場合、その保護者自身が若いことから、収入などがそれほど潤沢でない場合がある。良くなる可能性があっても、こういったリハビリテーションサービスを負担できるだけの経済的な余裕がなければ、その可能性を摘んでしまうことになる。

日本の医療について考えるとき、圧倒的大多数を占める高齢者がその中心になることは避けられない現実ではある。しかしながら、ここで紹介したケースのように、これから何十年も生きていく若者や子どもたちにとっても、機能回復や生活の質を改善するための環境整備や制度構築が必要であると考える。

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地域医療構想調整会議
福山記念病院 理事長 藤井功

地域医療構想の策定にあたっては、構想区域ごとに、地域医療構想会議が設置されている。

必ずしもこれに縛られるものではないと明記されているものの、五疾病、五事業への対策を基本として各機能の必要病床数が規定されている。この構想に沿って、二〇二五年に向けて病院・病床の機能分化・連携を進めていくことが求められているが、現在のところ、新たな病床整備はできない。

私は当初より地域医療構想会議に委員として参加しているが、病床機能報告制度に対して疑問を持っている。

@ 病棟の機能を高度急性期、急性期、回復期、慢性期に分類されているが、それぞれの病棟の明確な定義がないのは何故か。

A 「病床」機能報告制度と言いながら、「病棟」機能報告を続けるのは何故か。

B 病床機能報告制度における病棟の報告病床数は、厚労省は提案した必要病床数に向けて次第に収れんされていくと自信満々に説明しているのに、いつまでも病棟機能報告をさ せているのは何故か。

地域医療構想調整会議の中では、県からは各医療機関の病棟機能報告の集計が示されるのみで新たな進展が見られない。最近になって厚労省が持つビッグデータを解析しながらの議論が必要であると認識されてきたのは大きな進歩である。しかし、ビッグデータは、地域の病床機能をレセプトデータから解析しているのである。我々が報告するのは病棟機能である。2つのデータを比較することは理屈に合っていないし無駄な努力であり時間浪費である。最近は少なくはなったが、全五〇〇床が高度急性期病棟であると報告したり、一件の手術もせず救急車も受け入れない急性期病院があったりと笑い話のような状況も散見された。

日本の地域医療崩壊を多くの人々が心配している。今後地域医療がいかなる状況になろうと、それは地域医療構想調整会議で作成された計画に基づいて行われた結果であるとして、厚労省は各地域に責任転嫁しているようで非常に不満である。

民間の多くの病院は厚労省が定める診療報酬による採算性と、地域に必要な機能を敏感に肌で感じとり、病床転換を行っている。病棟種別と診療内容は別次元の話だ。私の病院では療養病棟(一部地域包括ケア病床)を慢性期病棟と報告しても、救急患者を受け入れ、骨折手術、重症肺炎の治療も行いながら多くの看取りも行う。今後人口減少により病床が地域で過剰となれば、病床転換、介護施設への転換または縮小の可能性もある。

地域医療計画を議論するにあたり、最も重要な事は、五疾病五事業を支える高度急性期病床の充実であろう。各病院が「我こそは地域一番の高度急性期病院である」と狭い地域で競い合うのではなく、どこに住んでも安心して暮らせるようにする。それは公的医療機関の責任である。複数の二次医療圏を超えた連携は、ドクターヘリや人員派遣による連携、道路交通網整備による患者搬送時間短縮など大きな成果が上がっている。これらを推進するとともに、病院の移転、合併等を通じて高度急性期機能の内容及び担当地域の分担にもっと知恵を絞るべきである。殆どの民間医療機関では採算を度外視した高度急性期病床の維持は困難であることを是非理解して頂きたい。一般急性期や回復期、慢性期医療は民間に任せ、公的医療機関は、へき地医療、高度急性期医療と専門性が高い医療に専念すべきと考える。

在宅医療の充実も忘れてはならない。地域医療構想会議、地域保健対策協議会等が主導し、医療・介護事業者及び市町担当者による幅広い協議が始まった。今後も介護事業と在宅医療の整備を両輪として地域に貢献できる医療法人として努力する。

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社会災害を受け医療も介護も経営継続性困難に
[アンテナ]

報酬の同時改定は、確かに医療や介護に大きな影響を与えるが、明らかに医療介護経営に対する社会的災害が進行しているように思えてならい。その原因は、深刻な財政問題であることは間違いなさそうである。時代とともに医療介護分野の需給関係自体が大きく変化し、深刻な働き手不足によって真綿で首を絞められているかのようである。何も医療や介護分野だけの話ではないが、超高齢社会の現実は、増加する高齢者ばかりか働き手の急激な減少により、地域社会自体が維持できなくなる恐れさえある。人口減少、人口構造の変化は、重要な政策課題であるが有効な解決策が乏しく、今や財政問題とともに社会的災害として認識し、対応する必要がある。

今、多くの病院で給食業務にあたる職員の確保ができなくなりつつある。給食業務を委託している施設では、次年度からの外注費値上げ交渉が行われている。もはや、職業安定所に求人しても、誰も応募者はいないし、インターネット上での求人広告を頻繁に行っても反応がない場合が多くなった。看護職や介護職も同様で、現実はいくら求人募集を出しても人が来ないか、来たとしても優秀な人材は取れない。

無理に採用しても、定着せず求人を繰り返すことになる。それでも、看護師や医療技術者を確保しないと収益が得られない報酬体系のため最後の手段として、人材派遣会社に頼ることになるが、この費用がさらに経営を圧迫する。人が取れなければ、事業を継続することもできないし、まして新規事業を立ち上げることは、あまりに無謀だ。

平成最後の報酬同時改定が、地域包括ケアシステムの構築と地域医療構想を後押しするため、医療機能の分化・強化や、介護報酬で自立支援・重度化防止を進めたことは明らかである。今では、地域医療構想と地域包括ケアシステムは、医療政策の両輪のように考えられている。しかし、医療費全体でみれば、わずかな改定財源しか持たない報酬改定をしたからといって、直ちに地域医療構想が円滑に進むわけでもないし、まして地域包括ケアシステムが経済的誘導策で構築されるわけではないだろう。

病院経営者の多くは、急激な人口変動や医療技術の革新に対応するだけでも手一杯の状況で、五年先の経営計画も立てられない。現在の経営の課題は、病床転換元資の獲得も投資回収も困難な時代に突入したということである。二〇一三年以降民間の療養病床も精神科病床も持たない一般病院の経常利益率は二%以下であり、減価償却費は四%程度である。この五年間のあくまでも大雑把な平均値であるが、一年間に将来の投資に回せる資金は五%程度しかないのが通常化している。仮に十億円の年間売り上げの病院では、五千万を四十年間積み上げると二十億円になる。問題は、十億円の医業収益を得るための建物は二十億円以上することである。これは極端に単純化した話に過ぎないが、ここ五年間程度の経常利益率では、もはや病院建物への投資は回収できないし、金融機関も融資しなくなっている。

三年に一度しか行われない介護報酬改定は、収支率が四%を超えれば減額が当然視され、二%以下にならなければ増額されない傾向にある。年間五億円の特養が、収支率が二%、減価償却費は四%程度であれば、四十年間積み上げると十二億円になるが、建物の全面建替には二十億円以上必要ということになり、このままでは、特養の全面建替は現実的に無理である。病院も特養も経営効率は低いし、事業継続性を確保できなくなりつつある。その結果、病床転換のための新たな投資意欲は極端に低下し、資金調達も困難だ。

これらを我々はどのように受け止めればよいのか?何とかしないと、老人の専門医療は崩壊してしまう。

* へんしゅう後記*

当会は、昭和六十年三月に第一回シンポジウムを開催し活動を開始した。平成を経て、新年号時代でも老人医療のあるべき姿を追い続けたい。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE