老人医療NEWS第128号
在宅死のすすめ
池端病院 理事長 池端幸彦

 本年八月六日、社会保障国民会議は安倍首相に最終報告書を提出した。今後は病床機能再編を推し進め、病院完結型から地域完結型へとの流れが加速することは間違いないであろう。現に次期介護保険法改正では要支援者を対象外とし、特養入所も要介護三以上とする案が取り沙汰されている。そもそも介護保険そのものが在宅支援の旗手として二〇〇〇年に創設されたのだから、その当時から在宅支援を是とする国策が始まったと言えよう。ではその「在宅」の良さは、一体何であろうか。

  最近は在宅酸素療法や人工呼吸器管理、在宅中心静脈療法等のハイテク在宅機器が出現して来ているが、純粋な医療面だけで言えば、今の高度化した医療をそのまま在宅に持ち込む事には、当然限界もある。一方在宅には、入院医療にはない「家」の力があると感じている。自宅の懐かしい匂いや壁の手触り、そして家族の声や虫の鳴き声、草木や花の香り、更には隣近所の馴染みの顔…。これらの環境全てが、たとえ一時でも病を癒し命をつないでいくのではないだろうか。特にがん末期や難病等の「緩和ケア」の場合には、入院による手術や抗がん剤治療等の必要性(根治の可能性)がなくなった時点で、家に帰られると明らかに表情が穏やかになり、痛みも和らぎ、医師が宣告した余命がずいぶん永くなるケースを、小児を含めて何人も経験してきた。正に「お家(うち)パワー」である。先に二〇一三年のイグ・ノーベル医学賞を受賞された帝京大医学部外科准教授・新見正則氏による「心臓移植をしたマウスにオペラを聞かせると生存期間が延びた」という研究は、このパワーかも知れないと妙に合点した。

 では在宅介護(療養)の秘訣は何であろうか。私は、「覚悟」と「楽観」の二点を挙げたい。当然ながら、人は必ずいつかは死を迎える。どんなに立派な介護をしようと、どんな名医に毎日診てもらおうと、やはり死から逃れる事は出来ない。ある程度終末期と思われる方々を介護する場合は、常にどこかで死の訪れを「覚悟」していなければならない。その一方では「困った時には専門家に頼めばいいし、百点の介護なんて無理だけど、まあ出来る事を精一杯やれればいいさ」と言った楽観論もまた時には必要ではないか。少しだけ考え方を変えるだけで、在宅介護がどれだけ楽になるか、そしてその中できっと在宅介護の良さを感じて頂けるのではないだろうか。

 日本では現在は九割が、病院・診療所での看取りとなっているが、一方では自分の死に場所は?と聞かれて、はっきり「病院」と言い切る人もまた少ないであろう。出来れば最後まで住み慣れた家庭(地域)で暮らし住み慣れた家庭(地域)で死にたいという、日本人なら誰でも持つであろうささやかな望みを少しでも多くの人に叶えて頂けるよう、当院も職員一同と共に在宅療養支援病院としてもうしばらく努力を続けていきたいと考えている。

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介護職不足
大久野病院 理事長 進藤晃

 当法人が運営する病院は東京都西多摩郡に所在している。西多摩郡の人口は東京都の人口の約三%で四十万人。面積は東京都の二十五%を占めている。東京都の水を確保する為の山林と東京のベッドタウンが存在し高齢化が進んだ過疎地域の山間部と人口密集地帯の都市が混在している。西多摩は東京都心の地価に比較して安い為、昭和四十年代から特養や療養型病院が沢山開設された。その結果、特養は人口十万人対一,五〇〇ベッド、療養病床は人口十万人対五七〇ベッドと日本一多い数で運営されている。近年は老健も多数開設され、高齢者の療養施設は十分に満たされている。例えば回復期リハ病棟入院中に特養へ申し込みを行えば退院時に入所可能である。このように施設が十分に存在している地域でも、住民の考えに多様性があるため在宅医療・介護は別途必要であり、急速にその事業者数も増えている。

 この地域において、最近急速に介護職の応募が低下している。調べてみると十件の募集に対して介護職一人しか応募がない状態で現在の有効求人倍率が〇.一となっている。十年程前までは介護職の募集に対して介護未経験者も含めて募集人数の数倍程度の応募があったが、徐々に減り募集人数程度の介護経験者が応募される選択出来ない時期を経て、最近は募集をかけても応募者がない状態となっている。

 介護は飛躍的に進歩し、全くの未経験者が何の知識もないまま入職するには難しい職種になってきている。オムツ交換は力技で行えばよいという単純作業ではなく、オムツの選択方法はコストに大きく反映するので知識が必要となっている。よって未経験者が入職すると覚える事が沢山あるので簡単ではない状況である。 このような介護職は、専門職種として一般的に認められていない為、給与は看護師・コメディカル等の医療職に比較して低い。しかし、在宅介護では専門職として評価されているため時間給は高い。一方介護職本人たちには専門職の意識が薄い為、医療・介護以外の景気によって賃金のよい職場に転職される。

 職員が集まらないのであれば辞めない職場つくりが重要であるが、介護職を含む看護・コメディカルなど勤務している病院への愛着をなかなか深めてくれない。職員が「ここの病院では…」という発言を聞くたびに、この職員は自分がこの病院に所属している事を意識していないことを痛感する。この職場を第三者として見ていると感じる。その所属意識の薄さが原因であろうと考えているが、いとも簡単に転職される。所属意識を如何に高めれられるかが目下の課題である。

 所属意識を高めるには、患者様がよくなる事、自宅へ退院するという事を通じて職業の素晴らしさを伝える事が所属意識と生業としての職業意識に結びつき、転職等を防ぐ事に繋がると思う。看護師と同様に介護職未経験者に段階的な教育システムを構築する事が必要なのだと思う。さらに大変困難だが給与面でも生業となりうる魅力を持たせることが必要と考えている。

 介護職不足は、高齢者の増加に伴う従事者数の増加に対応できていない事、施設だけではなく在宅でも求人が増えている事、所属意識・職業意識の薄い事、給与が十分ではない事、未経験者が入りにくい職業になっている事によって起こっていると考えられる。今後の介護職の確保はどの様に進むべきなのだろうか。

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オレンジプランスタート
鳴門山上病院 副理事長 山上敦子

 昨年九月に打ち出された認知症施策推進五か年計画(オレンジプラン)が本年度本格スタートしました。市町村認知症施策総合推進事業では、「認知症ケアパス等作成・普及事業」「認知症初期集中支援チーム設置促進モデル事業」「認知症医療支援診療所(仮称)地域連携モデル事業」が追加されるなどの一部改正がこの七月に通知されました。認知症医療支援診療所(仮称)は当初「身近型認知症疾患医療センター」と称されていたものです。より身近な地域において認知症高齢者の早期診断・早期対応及び危機回避支援機能を有する診療所であり、専任の専門医又は所定の経験を有する医師でかつ認知症サポート医(以下サポート医)が一名以上いることなどが要件とされています。そのほかにもこれら事業の中にはサポート医を要件とするものが多数あります。

 ではそのサポート医ですが、全国には二十四年度末に約二,五〇〇人おり、二十九年度末には四,〇〇〇人を目指しています。徳島県では二十四年度末十七人、二十五年度末には二十二人となる予定です。徳島県サポート医養成研修事業実施要項ではサポート医研修対象者を徳島県知事が徳島県医師会と協議のうえ決めることになっています。受講料は県から、交通費は県医師会から出ます。 私は平成十九年に徳島県医師会の介護保険担当役員になり、当該事業も担当することになりました。そこでまず私自身がその年サポート医研修を受けました。サポート医は認知症診療やかかりつけ医のアドバイザーのほかに医療と介護の連携作りを担います。今年度はオレンジプランスタートもあり、市町村での講演会、相談事業などの地域事業への出務も増えています。

そこでどんどんサポート医を増やさねばならないところですが、平成二十三年までは研修受講者確保に本当に苦労しました。ところが平成二十四年から風向きが変わりました。サポート医は大人気となり今度は受講順番待ちをしていただくようになりました。認知症に対する意識の向上かもしれません。前述からの事業も関係するのかもしれません。認知症科標榜への期待もあるのかもしれません。ただサポート医自身、県の事業であること、県や市町村、何より認知症の方やご家族から期待され ていることを再度自覚せねばならないと思います。

 さて二十五年度はサポート医養成五人という枠がありましたので、まずは「無サポート医郡市」をなくすことにつとめました。各地域での人選は当該郡市医師会長さんにお願いしたのですが、複数の希望者があり抽選をしたところなど色々とご苦労をおかけしたようです。なお、認知症疾患医療センターについては、現在の基幹型一か所(東部医療圏)に加え、各医療圏(南部、西部)に地域型を一か所ずつ設置予定です。

 また先日は県から派遣され、「病院勤務の医療従事者向け認知症対応力向上研修」の講師のための伝達講習会に参加いたしました。この研修は、認知症への理解を深め、基本知識と具体的対応方法を習得し、医療従事者側の不安や負担を軽減させ、認知症の方が分け隔てなく受け入れられ、必要な医療および適切なケアを受けることができる体制を構築することを目的としています。もちろん勉強するのは医師や看護師のみでなく、医療機関に勤務する者すべてに必要でしょう。五月の当会の例会で齊藤正身会長から「職員へのサポーター研修」の話を伺いました。「いいね」と、当院でも早速六月に地域包括支援センター職員を講師に、事務職員・薬剤師等を対象に研修会を開催しました。

 この十一月末に鳴門山上病院の介護療養病床から転換した特養がオープンします。これを機にいっそう認知症医療・ケアの向上をはかっていく決意です。

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病床機能報告制度とは何か
[アンテナ]

 一般病床の機能分化を進めることは、国の方針になっている。高度急性期、急性期、回復期、慢性期に四分割する案が有力らしい。だが、国民・患者にはわかりにくい。 病院には、いろいろな機能があるらしいが、患者自身が、自分が高度急性期なのか、急性期なのか、はたまた回復期なのか正確に理解できるわけでもない。

 アメリカ合衆国の病院には、平均在院日数五日程度の短期急性期と、その後にも継続治療が必要な場合には長期急性期があり、長期になるものの急性期機能を持った病床がある。だから、日本ももっと在院日数を縮めた急性期病床と長期急性期病床に分化したらどうかという考えが成り立つのだろう。しかし、議論はそう簡単ではないし、日本の医療システムとアメリカとは差がある。

 診療報酬上の区分でなんとか対応することは、もはや限界であるので、医療制度として確立しようと考える。そうなると医療提供システムを定めている医療法を改正することになる。ただ「高度急性期とは」こういうものであるという法文を定めるのはかなり難しい。そこで、あまり明確でないものを、各病院が自ら選択して、 都道府県に提出させたらどうかといったことを考える役人が出てきて、病床機能報告制度というマコトシヤカナ制度を創り出すのだろう。

病床機能だったものを病棟単位で報告させようとか、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の四区分にするとか、亜急性期という呼び名がいいのではないかとか、いろいろな議論が進行中である。

 カギは「回復期機能」である。全日病は、かなり前から「地域一般病棟」を主張、医政局は「亜急性期病棟」、保険局は「亜急性期と回復期」を同一視している。日本慢性期医療協会は「長期急性期病床」を主張している。名前は重要だが、機能は同じことなのであろう。急性期で継続的な治療とハビリテーションを行う機能、高齢者施設や在宅療養患者で急性増悪などの軽・中度の救急患者を受け入れる機能、リハビリテーションを実施して自宅や施設に帰せる状態まで回復させる機能を合わせ持った病棟ということだ。

現行診療報酬制度には、急性期という名前もあるし、亜急性期入院医療管理料も回復期リハビリテーション病棟もある。これらの名称ももう一度整理しなければならないし、亜 急性期も回復期も同じ意味だということになると、よっぽど丁寧に説明してもらうしかない。

 今のところ、病床機能報告制度と地域医療計画で、都道府県ごとの地域医療ビジョンを策定することになっているが、これらの制度と診療報酬制度をどのように組み合わせていくのかといったことについては、不透明である。どうも厚生労働省という役所は、局をまたいだ制度的対応があまりうまくない。保険局と医政局は、だいぶ雰囲気が違う。もちろん老健局と医政局では、同じ役所とは思えない。老健局が介護保険で、保 険局が医療保険、医政局は医療提供体制などといわれても、病床機能とか、在宅医療などということになると、三局間で十分に話し合ってもらわないと地域で混乱するばかりである。

 この意味では病床機能報告は、くれぐれも慎重なシステム創りと、国民・患者にわかりやすい説明を行う必要がある。なぜならば、この報告制度が、都道府県の「地域医療ビジョン」自体を決定する要因となることが明らかであるからだ。

 老人医療は、いわゆる病床でも、在宅医療でも、あるいは介護保険分野でも展開されている。それを病床のみを分化しても、老人医療全体の質の確立とか、医療の継続性が確保できるわけではないからである。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE