老人の専門医療を考える会 - 全国シンポジウム - 内容
第31回 地域の救急医療を考える - 私たちの立場から -  平成21年2月21日 主婦会館プラザエフ
シンポジウム冊子

  
13:00 開会挨拶 平井基陽 老人の専門医療を考える会会長
13:10 基調講演T「高齢者救急医療の現状」
  長谷川 浩 杏林大学医学部高齢医学講師
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14:00 基調講演U「地域を支える救急医療とリハビリテーション 」
  栗原正紀 長崎リハビリテーション病院理事長
講演スライド(PDF)
14:50 休憩  
15:00 基調講演V「 高齢者福祉施設における救急活動の現状と課題について 」
  伊藤博人 東京消防庁救急部救急医務課長
講演スライド(PDF)
15:30 基調講演W「 慢性期病院の3次救急病院との連携 」
   飯田達能  永生病院院長
講演スライド(PDF)
16:00 休憩
16:10 シンポジウム〜 地域の救急医療を考える 〜
シンポジスト:長谷川 浩、栗原正紀、伊藤博人、飯田達能 
座長: 齊藤正身 ( 霞が関南病院理事長 )
17:00 終 了
 
開会挨拶 平井基陽 老人の専門医療を考える会会長
齊藤

 ただ今より第31回目全国シンポジウム「どうする老人医療 これからの老人病院Part31」を始めさせていただきたいと思います。

わたしは、当会の事務局長をしている、埼玉の霞ヶ関南病院の齊藤と申します。よろしくお願いいたします。

今日は少人数でございますので、アットホームに進めていきたいと考えております。テーマは「地域の救急医療を考える〜私たちの立場から〜」ということで、私どもの会として救急を取り上げるのは初めてでございます。

今までのテーマとしては、認知症であったり、転倒のことであったり、抑制のことであったり、あるいはリハビリであったり、そのような慢性期の医療やケアのことが多かったわけです。今回、世の中がこれだけ大騒ぎになっている中で、実は救急搬送される方は高齢者が一番多いわけですから、そのことが埋もれてきてしまっているのではないか。そのあたりについてもう一度問題意識を持ち、先進的な取り組みをしている所の発表も聴きながら、各立場のご意見をお伺いするという内容にしたいと思っていますので、よろしくお願いします。

それでは開会に先立ちまして、当会の会長平井より、挨拶を致します。よろしくお願いします。

平井

 皆様、こんにちは。当会の会長をおおせつかっております平井でございます。今日は、年度末のお忙しい中ご参集いただきまして、ありがとうございます。

老人の専門医療を考える会は結成されて27年経ちますが、その間、終始一貫して老人医療の質の向上と老人の専門医療の確立という二つの大きなテーマを掲げて、それぞれの立場で実践し、あるいは政策提言等々を行ってきました。

当会の大きな活動の一つである本日の全国シンポジウムは、31回目を迎えました。先ほど齊藤事務局長からもお話がありましたように、救急医療と老人医療というテーマは初めてです。間接的なテーマにはありましたが、直接このテーマを掲げたのは初めてです。それから、皆様の小冊子にございますように、老人の専門医療を考える会の全国シンポジウムで、いつも共通して掲げているテーマは「どうする老人医療 これからの老人病院」ということで、サブテーマにはその時々のテーマを取り上げてきました。

今回、サブテーマに救急医療を取り上げました理由の一つは、世の中、医療崩壊が起こり、その象徴として、産科・小児科の受け入れ拒否というようなことが政治問題にもなり、そればかりが強調されているようなきらいもありますが、実は高齢者の救急医療こそが、これらすべての問題の始まりという構図が見えてくるように思います。

そのような意味で、本日は老人医療と救急医療をサブテーマにしました。救急医療というのは、それぞれシンポジストの先生方からお話があると思いますが、まさに地域一体となって作っていかなければならないシステムだと思いますので、まず地域の救急医療を考えたいと思います。そして当会の、あるいは高齢者医療に携わっている者の立場からというようなことで、今日シンポジウムを開かせていただきました。

いつもより参加者の方が少なくて非常に残念ですが、逆に内容は非常に素晴らしくなると思います。私どもが急なお願いをしたにもかかわらず、この人しかいらっしゃらないという4人のそれぞれ違った立場の講師の先生方をお招きできたことを、非常にありがたく思っております。じっくり話を聴かせていただいて、また、忌憚のない意見を後半のシンポジウムで、ディスカッションしていただければ、今日のこの会が、また違った角度から全国に対して、救急医療について新たなメッセージを発信できるのではないかと期待しています。5時ぐらいまでを予定しておりますけれども、どうかお付き合いのほどよろしくお願いいたします。以上でございます。ありがとうございました。
基調講演U「地域を支える救急医療とリハビリテーション 」
栗原正紀(長崎リハビリテーション病院理事長)

 長崎から参りました栗原です。「地域を支える救急医療とリハビリテーション」というタイトルでスライドを作ってきました。主に長谷川先生が半分お話いただきましたが、私の視点は、長谷川先生のデータと非常に一致しているところがございます。

 私が今から紹介する一部のデータは、人口55万の長崎市および周辺の救急搬送について平成9年からデータバンク化されているものを示します。現在は県下一斉にデータ化を行っており、回収率90%で、救急車に乗った患者さんの原因は一体何なのかということと、その後その人はどうなったかというデータバンクです。現在、船橋市でも同じようなバンクがあり、全国でこの二か所だけです。一般的には重症・中等症・軽症というようなデータがあったり、あるいは頭の病気、胸の病気など、そのような分け方のものは消防庁に集約されていって、年間の救急統計などで出ていますが、具体的に、医学的、医療的な側面で整理したものはありません。そこで、長崎のデータを基に、高齢社会における救急医療ということも含めまして話をさせていただきます。

 もともとわが国の救急医療は、交通事故の多発がきっかけとなって制度が始まった、若い外傷患者に対応したシステムが中心でした。ところが世の中がどんどん高齢化していきました。高齢化していくということは、ある意味で20世紀の医学、あるいはわが国の医療の多大なる貢献の結果だと思います。一所懸命頑張った結果が「年寄りが増えて大変だ、大変だ」と、非常に矛盾した結果になったように思うのですが、いずれにしましても高齢者が増えると、結局寝たきりがどんどん増えていったという構造があるのは大きな問題です。今現在、救急搬送のかなりの部分が、どちらかといいますと外傷ではなくて、いわゆる疾病による救急搬送が多くなってきたわけで、ある意味で地域の救急医療の在り方の検討が必要な時期にきており、臨床救急医学会でも地域救急医療の検討会が発足して2年目であり、地域の救急医療の在り方が論議されています。

 一方、リハビリテーションの世界は、私が言うのも恐縮ですが、20世紀はどちらかというと1、2か月経って病態が完全に落ち着いてから、療養の場でリハビリをやりましょうという状況でした。例えばこれを「温泉型」としましたが、これが21世紀に入りまして、急速にニーズが一致したのでしょうか、非常に隔たった関係にあったものが、どんどん都市型になっていって、今では、どちらかというと救急医療とリハビリテーションはくっついた関係にないといけないという現状があるということで整理させていただきます。

 救急医療の変遷を少し見てみますと、このデータは、実は長崎県の蓄積したデータ10年間分の流れを見たものです。先ほど紹介しましたように、長崎にはこのようなデータバンクがありまして、毎年『長崎救急医療白書』を編纂し、全国の救急医学講座を含め、恐らく無料で配っているのではないかと思いますが、非常に貴重なデータです。どこの都道府県でも同じですが、どんどん救急搬送は増加しています。外因性は外傷と単純に示しますとほぼ一定ですが、主に多く増加しているのは、この内因性の疾患です。

 また、70歳以上と70歳未満の比率を見てみますと、ほぼ人口の高齢化率に相関していまして、高齢者の内因性疾患がどんどん増加しているのがこのデータでわかります。今現在、長崎市の人口は55万で、救急搬送が年間2万件近くになっております。

 搬送の内容を少し見てみますと、長谷川先生の話と非常に一致していまして、どんどん増加しているのは肺炎です。そしてもう一つが、大腿骨頸部骨折です。それから、脳梗塞、脳内出血、そしてくも膜下出血、この三つを合わせますと脳卒中という範疇に入りますが、これも実は増えています。肺炎や大腿骨頸部骨折といった、高齢者の特徴とされる、ある意味高齢者がなりやすい疾患が多く増加しているということです。

 これは救急搬送全体の診断名を上から順番に並べたベスト10です。整理しますと、脳梗塞、脳内出血、くも膜下出血などの脳卒中が1番多く、肺炎、虚血性心疾患、大腿骨、消化管出血が続きます。特にこの赤で書いたものは、70歳以上が50%を超えています。ということは、救急搬送で多く運ばれる疾患の上から三つないし五つは、高齢者がほとんどを占めているということから、地域の救急医療の主体は老人医療で、高齢者の急性期疾患だと考える必要があるのではないかと思う次第です。

 ちなみに、脳卒中全体の死亡の割合は10%ぐらいで比較的低いですが、一方で入院が非常に長いという特徴もあります。

20世紀、我々は臓器治療学を徹底して学び、トレーニングで技術を習得してきました。また、今では医療技術も相当進化を遂げたと思っています。私は脳神経外科をやってきましたが、今では、くも膜下出血に対しても血管内手術がメインになってきました。約25年間の変化ですが、私が医者になった時は、くも膜下出血の手術は大体8時間かかっていましたが、今では1日に3例できるようにもなりました。相当な進歩です。それと同時に、ご存じのとおり、いろいろな専門家が生まれてきました。こう言っては怒られるかもしれませんが、心臓カテーテル専門のカテ屋さん、胃カメラ専門のカメラ屋さんまで出てきたという世界です。

 いずれにしましても、それぞれの臓器を治療するという視点で相当進歩させた、あるいは細分化させた結果が高齢社会をもたらしたわけですが、一方では寝たきり高齢者がどんどん出てきたという意味では、今までの高度な治療、発達させてきた治療技術が生活にほとんどつながっていかないという大きな悩みが、ここにあるのだろうと思っています。もう一度、治療体系の整理をし直さなくてはいけないということで、何のために医療サービスを提供しているか、非常に自己矛盾的なものにぶち当たったのではないかと思う次第です。まさに医療提供体制のミス・マッチということです。

 そのような意味では、従来の「病気を治す」と言いながら、病気を診て病人を見ないという話で、歴史的にもずっと言われてきましたが、病気を治すだけではだめで、医療は安心した地域生活を支えるのだという視点にもう一度立ち直って、救急医療からずっと整理をし直さなければいけないだろうと私は思っています。そういった意味では、21世紀、我々の今の時代の命題は、臓器別専門治療をいかに生活につなげていくかという地域のシステム作りだと考えています。

先程長谷川先生が言われたとおり年を取るということは、基本的には生理的機能がどんどん低下していくという意味からしても、低栄養の問題や精神的な問題もありますし、一つの高齢者の特徴として、どのような高齢者でもある時に閉じこもりになっていく、あるいは寝たきりになっていくベクトル、可能性を持っているという視点に立って、急性期からきちんと治療をしていくことが大きな課題だと思います。つまり生活につなげていくためには、ここを逃れてはいけません。そのような意味で、入院そのものが非常に大きなイベントで、廃用症候群ないし寝たきりを加速するのだということを認識する必要があります。実は欧米では、これは高齢者の特徴として言われていまして、高齢者専用の急性期病棟の創設という考え方があったということを文献で読みまして、びっくりした次第です。

 特に国立大学では、リハビリテーション医学講座がないところが多いですから、このような視点が大事です。

 私自身も大学では廃用症候群という考え方に対して、講義も聴いたことはないし、先輩からも指導されたこともありませんでした。そこで、改めて廃用症候群を勉強しますと、なんと床ずれや関節の拘縮、筋肉が弱る等々だけではなくて、つまりは心肺機能の低下や、消化器機能あるいは精神活動まで低下していくことがあるということをあまりにも無視してきた、あるいは知らなかったままの治療学を、我々はやってきたのではないかという反省があるわけです。廃用症候群をいかに認識して急性期の治療を行うかという、一つの体系化が必要だろうと私は思っています。

 その意味で、高齢者の特徴は、低栄養であり、なおかつ廃用症候群との闘いということが大事だということです。入院により容易に機能低下・合併症が起こり、入院の長期化に対しては、文献的に整理されていますので、これを参考にしっかりした体制を組めば、入院も短くなり、合併症も少なくなって、コスト・パフォーマンスもよいとされるデータが掲載された論文がございます。これには非常にびっくりしました。あまりにも急速に社会が高齢化したために、このようなしっかりした検討がなされてこなかったのではないかというのが、私の今までの反省です。

 何がキーになるかというと、基本的にはやはりチーム医療であり、栄養管理・リハビリテーションの普及と、これだけ技術が進んできて、さらにいろいろな多職種の専門家が生まれてきますと、基本的に一つの病院の中ですべてが解決するというのは非常に無理があります。そのような意味での機能分化、その結果の連携という地域のシステム作りを、本来あるべき姿として検討する必要があります。診療報酬がついたから地域連携をやるという話とは全く違う話であることをご理解いただければと思います。

 一つの絵を作っているのですが、急性期、あるいは救急で搬送されたお年寄りの患者さんは、病気に対して徹底した専門的治療をやるわけですが、そのベースには低栄養状態に対する栄養管理が必要だし、寝たきりにならないように、廃用症候群の予防のために、入院して可能な限り早い時点から早期離床を目的としたリハビリテーションの展開が必要です。これが急性期・救急医療のスタートラインで、高齢者に対しては非常に大事なことだと私は思います。システムとして考えた場合に、「病院完結型から地域完結型へ」とよく言われますが、何度も言いますが、診療報酬で経済誘導されているからではなく、高齢者の特徴をしっかりと把握したうえで、多職種によるチーム医療を徹底して実現し、なおかつ、リハビリテーションの流れにのせて生活に向かうという、臓器別専門治療が生活としっかり結びつく構造を作るためには、やはり機能分化と連携しかないと私は思っています。

 そのような意味で、救急医療について若干整理しますと、軽いけがなどを含めて、いわゆる一般的な救急疾患があります。それと、脳卒中や小児科、精神科、循環器あるいは周産期等は非常に特殊な救急疾患ですので、これを分けたほうがよいのではないかという提案を今、しています。これを「横の機能分化」とします。これと3次救急もまた違います。この辺が、機能分化的には非常に不明瞭でした。救急病院に連れていけば脳卒中は専門的に常に診てもらえるという環境は地方にはありません。例えば、長崎市内には救命救急センターはありませんので、2次救急病院へと救急車が即座に運びますが、そこには専門的な医者はいませんので、また次の病院に行きます。これで患者さんのタイムリミットは過ぎてしまうことになります。そのような意味で、急性期における機能分化は、もっと患者さんや家族、あるいは一般市民に分かりやすい救急体制をとる必要があります。これは高齢者救急だけではなくて、地域の救急システムの問題です。

 そして、救急病院でのリハビリ、あるいはその次のステップで回復リハビリテーション病棟が平成12年から診療報酬上設定されていますが、ここは治療を生活につなげていく中間的な役割をするような場、亜急性期の医療の場と考えています。そしてこれに続いて在宅支援という、地域の流れがあればいいなと考えていまして、この一連の流れを縦の機能分化とします。

 一つの例を挙げてみます。横の機能分化として、昨年長崎県で、脳卒中に対するシステム作りの議論をしました。通常、「何々センター」という場合には、どちらかというと国指定のナショナル・センターの話ですが、長崎県は、特異的に県が認定する「地域脳卒中センター」を指定することにしました。センターについて情報公開することで、脳卒中を心配された患者さんは、可能な限り救急隊と相談してセンターへまっすぐ連れて行きます。センターは主に2次救急病院が担当していますが、妊婦の脳卒中は、ここで診ることは非常に難しいです。また、透析を必要とされる脳卒中の患者さんも無理ですから、それらを含めまして補完する「高次脳卒中センター」を設立しました。それだけでは十分ではありません。長崎県というのは離島も多くありますので、脳卒中センターと密な関係作りをするような「脳卒中支援病院」を、指定するように議論されています。

 そのような所を一般市民が分かる格好にしまして、なおかつ、一つの急性期から回復期、つまり地域生活にもっていくステージの場としての回復リハビリテーション病棟がありますが、そのような病院との強固な連携を、例えば長崎県の絵で描いてみますと、この高次脳卒中センターは、救命救急センターのイメージも含めてですが、長崎県には、人口150万に対して救命救急センターは1か所しかありません。ですから、それにほぼ近いような病院を県で指定します。また、地域脳卒中センターとして2次救急レベルの病院を指定します。2次救急病院でも離島にはある所が少なく、足りないのです。今では、離島に限らずこの半島の辺りは医療過疎の状態です。そこかしこで非常に医療過疎の状態です。それを補完する意味で、脳卒中支援病院を、現在医師会と一緒になって指定しようとしています。

 それから、回復リハビリテーション病棟も全く足りていません。長崎県内の病院は、長崎市内にほとんど集中していまして、それ以外の県内にはいろいろな所でまだ不足している状況がありますが、ある意味では療養病床を担っている先生方と一緒になって地域生活に結びつけるような構造を作ろうという、一つの地域のシステム作りの例です。

 それでは、救急病院に、どのような視点でかかわっていったらよいだろうということを少し整理したものを紹介します。従来、一般市民と医療側、あるいは医療行政そのものは、完全に分断されていたのではないかという気がします。つまり一般市民との意識の乖離は、先ほどの長谷川先生の提示された症例の中でも、現場の医療従事者に対しての「かわいそうになあ」と思うことがたくさんあったような気がします。患者さん、家族は医療現場に納得がいきません。「何とか夜中には泊めてくれ」と、ホテルではないのにというようなことですが、そのような意味で、市民にしっかりと今の医療情勢を知っていただく必要があると私は思っています。それがないと、例えば安静の状態を極力短くしたような医療のやり方をすると、「あの病院は看護師が何もしないし、安静にもさせないで、冷たい病院だ」と言って妙な噂が立ってしまいますが、本来、お世話をすることそのものはある意味で大事なのですが、それによって廃用症候群、そして寝たきりという方向にもっていったという歴史をもう一度整理する必要があります。急性期では、もちろん病気を治す全身管理は行いますが、廃用症候群あるいは合併症を予防する視点で早期離床が重要です。

 この早期離床という意味や、安静は何ゆえに必要かという議論を、やはり病院のスタッフがドクターと一緒になって取り組まなくてはいけないと思います。いろいろと私なりに勉強しましたが、「安静学」というのがあまり整理されていません。なぜ安静にしなくてはいけないかというのが、どうも分からなくなってしまいます。脳神経外科の中では、脳梗塞は起こしたら脳の血流が下がるので、絶対に起こしてはいけないという時代がずっとありました。脳神経外科だけではなくて、神経内科の世界でもありました。今では、翌日からでも起こしていくのが当たり前になってしまいました。長崎で私が救急をやっている時に、積極的に早い時期から起こしていると、先輩達から怒られました。「起こしちゃいかんというふうになってるじゃないか」と、非常に劣悪な医療をやっているような非難を受けた時期があります。医学には習慣的にやってきたことや、常識だと思いこんできたことがたくさんあるのです。今の我々の身の回りを含めて整理をする必要があると思います。

 トイレがベッドの横にあり、あるいはオーバー・ベッドのテーブルがあって、そこの上でご飯を食べる、昼間から着たきりすずめでは、これはもう寝たきりにまっしぐらです。そのような意味で、早く起こして、適切な場所で行為を行うことを支援していかないといけないし、また一つには、救急の現場はどんどん患者さんが増えていって、しかも文句ばかり言われるので、ドクターも看護師も疲弊しきっているのが現状だと思いますが、可能な限り本来あるべき看護の姿をもう一度議論し、表現してもらえるように、ドクターも一緒になって考える必要があると思います。今や急性期病院の中では、看護がだんだん見えなくなってきたと言わざるをえないのです。診療補助に徹することが看護の世界になりつつあるような気がしてなりませんが、やはりセルフケアをはじめとした看護のありようを、我々は非常に大事にしなくてはいけないと思っています。たとえ急性期であっても、このような視点そのものがあるものだと思っています。

 例えば、集中治療室であっても、気管挿管していても、口腔ケアをしっかり行うセラピストがきちんと入っています。看護も一緒になってやります。あるいは、これは典型例としてお出しするのですが、お気づきだと思いますが、このような患者さんの姿を見ますと、ここにかかわるドクターも看護も、この患者さんが生活に向かうのだということは全く考えていません。ただ命を助けるだけです。もし少しでも、助かったあと生活に向かう人になってもらうのだという視点であれば、足の格好はこうするべきです。ここに視点と技術の問題がありますが、やはりみんなの意識が、助けたあとも生活に向かっていく人として存在を考えるのであれば、表現形は随分変わってくるのではないかと思います。それから、よく私はこれを「この姿は座らせられている姿だ」と言います。たとえ離床を早くし、車椅子に乗せても、これは乗せられている格好です。これが座っている格好でしょうということは、やはり看護が持つ視点、あるいはセラピストが持つ本来の視点をいかに急性期のドクターが大事にするかによって、病棟のありようも変わってくると思っています。

 最近では少なくなってきましたが、以前は回復期リハビリテーション病棟に入院される患者さんの中に、あるいは紹介されて来た患者さんを往診に行きますと、口の中がこのようになっていました。MRSAどころではない、この中には恐らくカビも生えているのだろうと思います。このような状態であると、結局患者さんは、将来「口から食べよう」という人になるわけがありませんので、先ほどと同じように、このような患者さんにかかわっているスタッフは、この患者さんが生活に向かうということには全く意識がないということになります。

 ですから、急性期で私は、「口から食べるための準備だけはしてください」と言います。肺炎を起こしますから危ないですので、強引に口から食べさせる必要はありません。適切な評価の下に口から食べられるようにしましょうということで、その役割は、回復期のステージをイメージしています。急性期ではあまりにも忙しいですから、そこのバックアップ体制として、何とか回復期をお互いに育て合いましょうと言っています。実はこの症例は、脳幹出血の患者さんですが、鼻から管が入っていません。これは十数年前の症例ですが、救急病院で私どもが働いていた時に、看護がこのように口から管を入れることを始めてくれました。このことから学んだことがいっぱいありました。長谷川先生も、口というのは非常に大事にしないと誤嚥性肺炎はどんどん多くなっていくということを言われましたが、まさにそうでして、救急病院での集中治療室等に歯科の先生や歯科衛生士までもチームの一員として参画していただけるような連携のしかたというのが、一つの考え方であろうと思っています。

 回復期におきましては、回復期リハビリテーション病棟は非常に特徴ある病棟で、課題も大事なものです。その大きな特徴は、徹底したチーム・アプローチが、つまり、多職種集団がチームとして患者さん、家族を支えて、障害と闘い、生活に向かいます。なおかつそこには、場合によっては合併症の予防・治療、あるいは慢性疾患のコントロールまで含めて行うような場だと私は思っています。これをしっかりしたチームで行う体制を作るためには、いろいろな課題がまだまだあります。簡単にできるものではありませんが、いろいろな職種がかかわって機能することが要求されます。

 回復期リハビリテーション病棟は、私のイメージとして目指すところは、先ほど申しましたように生活につなぐ場であり、また、亜急性期医療の場にならざるをえないだろうとも思っています。また、いろいろな職種がかかわる場でもあります。月に1回ぐらい私の病院でも齊藤さんの病院でも行われていると思いますが、バイキングなど食事を通じたイベントを行うと、本当に食べることの大事さを、人としての尊厳の顕れではないかというほど、喜々とした顔になられます。同じ物をみんなで揃って食べるというだけではなくて、目の前に自分の好きな物を見付けようとする顔。非常に食べることは大事だということを、つくづく思う次第です。

 先ほど歯科の先生との協業に少し触れましたが、現在では入れ歯が、救急搬送されてくると必ずと言っていいぐらいに外されて、救急室では入れ歯がない状態になっています。それは、呼吸状態の問題もありますから、場合によっては呼吸不全になると気管挿管する必要がありますので、そのようなことも含めて入れ歯を外しておこうということなのですが、その後、入れ歯紛失事件がたくさんあります。私の経験で、入れ歯がなくなって、「実はその入れ歯は、100万かけて作りました」と言われ、どうやって補償しようかという騒ぎになったこともあります。

 この入れ歯、特に総義歯ですが、非常に大事でして、外して1週間も経つと使えなくなってしまいます。総義歯があるのとないのとでは、呼吸状態も違ってきますので、ぜひとも大事にしていただきたいです。少なくとも紛失事件だけは起こさないでほしいです。また、歯科の先生達には、きちんと使える入れ歯を作ってほしいと伝えていただければと思います。長崎の私どもの病院では、歯科医師会と協業して議論をしまして、地域の歯科の先生方が、病院と診療所の行き来をしていただき、チームの一員としてカンファレンスも含めて入っていただく体制を構築しまして、今運営を始めたところです。

 回復期から在宅に帰れる方には、どのような生活をなさっている人か、それに対してどのような支援が必要か、退院前の訪問をします。ご覧のように、長崎はいい所ですが、階段、坂道がいっぱいで、自宅へ帰れるのはいいですが、「家の中で寝たきりになった」では話になりません。積極的に在宅の部分でかかわる方々とケアマネジャーを含めてカンファレンスを行ってから、患者さんは自宅に帰っていただくわけです。あくまでも地域に帰るということを念頭に置いて、単に家に帰ればいいというものではありません。下手をすると帰った家で寝たきりになってしまうのです。そうではなくて、家に帰った後、地域社会の一員となっていただくことを我々は目指します。これが、その後の地域を支える医療の在り方ではなかろうかと思います。それには地域それぞれの特異性がありますから、簡単ではないことはよく分かります。私は高知に5年間いましたが、山国でして、地域といっても家と家の間が山と山の間ぐらいの距離がありまして、地域差にもいろいろあります。しかしながら、それぞれの地域の特異性を整理していかないと、生活まで支えるという視点にはならないという気がします。

 介護保険領域では維持期のリハビリがありますし、また、そこのチームのありよう、医療から介護への移行という部分でのありようは非常に重要でして、まだまだ所々で途切れています。救急医療で何とか命が助かった、臓器不全もしっかりと助かった、しかしながら、その方が安心した地域生活を1日でも続けていくためには、やはりいろいろな部門がしっかり手をつないで、切れないように支援をしていくという地域のシステム作りが大事です。長崎は坂道の多い環境ですし、大都会とはあまりにも違います。さらには、高知は山国でして、山の方の家には五右衛門風呂がありますし、トイレは外にあります。今でも変わりありません。長崎の一部では今でも家を建てる資材は馬で運ぶ方法を使わざるを得ない所もありまして、昔の話ではありません。そのような意味では、やはりそれぞれの地域の特異性というのを把握したうえでないと、場合によっては医療が成り立たないということを思う次第です。

 例えば、医療保険の世界、介護保険の世界、これだけでは地域生活を支えるということは不可能だろうと思います。フォーマルな、あるいは地域のそれぞれのいろいろな方々との手をつないだ中で、しっかりと安心した地域生活が継続される構造を作っていく必要がありますし、それを救急医療から、患者さんにかかわっていくうえにおいて、その大事さを実感する医療人が、地域生活の所まで視野を時には広げて、発信していく必要があると思う次第です。

 最後になりますが、私も長谷川先生に負けず症例を出さなければいけないと思って、持ってきました。これは、平成4、5年頃の症例です。79歳のかなり厳しい脳梗塞の患者さんで手術をする適応ではありませんでしたが、命は峠を越しました。家族は患者さんであるお母さんに対して、「何も治療することがなければ、家に連れて帰ります」と言われました。まだ介護保険制度施行の前です。ただし退院の前に、この鼻から入った管と食べることを何とかしてくださいという話でした。「え?」とその時思いました。私は救急の現場にいまして、鼻から管を入れることは当たり前だと思ってやっていました。その頃既に訪問歯科診療をアクティブにやっていた歯科の先生がいまして、相談しましたら、看護もいろいろ勉強をし、調べてくれました。

 相談の結果、まず鼻から管はやめました。口から管を入れるように変えました。先ほどの症例ではありませんが、それを始めました。確かに鼻から管を入れるのは、本当の緊急事態だと思いました。救急病院での話ですが、次に何とか口から食べられるようにやってみました。意識障害が長かったものですから、首が固定されていません。そこで後ろから頭を支えていますが、この手を離しますと首ががくんと落ちてしまいます。そのためできるだけ座位姿勢を取るようにしました。そして、これを続けるうちにだんだんコミュニケーションが取れるようになってきまして、しかも口の動きが非常によくなってきます。口輪筋の動きも出てきました。昼間だけ家族が食事を出して、口から食べていただきました。ただし、朝と夕方の食事は、やはり経口・経管栄養、口から管を入れてやるようにする、家族指導を徹底してやりました。

 そして、実はこの方が住んでいる所が、道路から100段以上階段を上がったところです。しかも急階段でして何ともなりません。当時ですから、タクシーも階段の下にしか止まりません。だれが連れて帰るかですが、私はひらめきまして、仲間の救急隊員に連絡を取って、「あなたたちが連れてきた患者さんが今から家に帰るので、手伝ってくれ」と言って俗称のボランティアを呼びまして、背中におぶって家に連れて帰ってくれました。最初のスライドの写真と見てどれほど違うかお気づきですか。まさに人としての顔つきがあります。失語症、言語障害がありまして、多発性脳梗塞を併発していましたが、こちらから呼びかけると返事はきちんとされますし、また孫が毎日声をかけるということで、すごく皆から大事にしていただいたそうです。ある時は、またぞろ救急隊に連絡をしまして、花見を一緒にやりました。

 いずれにしましても、救急医療であってもリハビリテーション医療であっても、我々は一つの点でしかありません。高齢社会における医療のありようは、もう点ではできません。臓器だけ助けたってどうも違うぞということを、いろいろなところで議論をしていきたいと思っている次第です。とりとめもなく話しまして恐縮です。これで終わらせていただきます。ありがとうございました。

基調講演V「 高齢者福祉施設における救急活動の現状と課題について 」 
伊藤博人 ( 東京消防庁救急部救急医務課長)

皆さん、こんにちは。ご紹介いただきました、東京消防庁救急部の伊藤です。今日は、このような場所での発表の機会をいただきまして、本当にありがとうございます。私からは、高齢者福祉施設における救急活動の現状ということでお話しします。まず皆さん、救急隊が現場でどのような活動、動きをするかなど、その辺はあまりご理解がないかと思いますので、大きな全体の話から入って、最後に高齢者福祉施設との関係につなげたいと思います。

 まず、東京消防庁の救急活動の概要を説明します。この地図は東京都の地図です。右側が23区、左側が多摩地区です。消防の組織は、消防法や消防組織法で決まっていますが、本来は市町村単位で編成されるものです。例えば多摩地区ですと、市が一つ一つありますが、本来はそこで一つずつの消防本部を作ります。ただ東京の場合は、23区が特別区で、連合で一つの市、東京市と見なして、そこに一つの消防本部を設置する形で組織化が始まりました。一方、多摩地区では各市独自にやっていましたが、消防の事務を東京消防庁に委託することになりました。今では、東久留米市と稲城市、それから、ずっと南にあります島を除いた東京都のほぼ全体が、東京消防庁の管轄となり、市町村単位の消防本部と比べ、東京消防庁は県単位の消防本部と言え、非常に特異な形となっています。人口が、夜間1,200万、日中1,400万規模の地区のいろいろな事象に対応していく組織は全国でも唯一です。

 これは、現場で救急隊がどのように病院を選んで、連絡をして、搬送するのかを説明したスライドです。まず各救急医療機関、病院には、コンピューターの救急医療情報システムの端末装置があります。これで、内科や外科など、いろいろな科目ごとの診療ができるかどうか、手術ができるかどうか、あとは、男性ベッド、女性ベッドがあるかどうかなどを○×表示をした情報を、東京消防庁の総合司令室に送信してもらいます。すると、そこに集約されたデータは、総合指令室だけでなく、現場に行っている救急隊も、救急車の中の端末通信装置を通じて同じデータを見ることができます。

 救急隊は1隊3名で活動していますが、現場に着いたら、傷病者の関係者から状況を聴いたり、患者の観察をします。これらはメディカルコントロール協議会で決められました救急活動基準に従って行われます。この中で、いろいろな観察を「こういうふうにしなさい」「処置をしなさい」と決まっています。それに基づいて観察した結果、中等症、入院を要する以下であると判断した場合には、救急隊がこの端末を使って、診療可能な病院に対して連絡をします。受けてもらえればそこに運びます。また、重症以上と判断した場合には、本庁の総合司令室に連絡をして、病院との連絡をしてもらいます。これはなぜかといいますと、重症以上ということは、1隊3名で、必要な処置を継続しながらでは、1人が連絡にかかわって救護に参加できなくては、迅速・的確な処置ができないので、組織一体となって病院を選ぶ体制で進めています。

 ここに救急隊指導医というものがありますが、一年365日24時間、救命救急センター等のドクターに詰めてもらい、救急隊からの、救命士としての特定行為の具体的な指示をするなど、いろいろな活動面、観察面、病院選定もありますが、助言をしています。

 東京消防庁の管轄は広いので、救急隊の数は、今現在229隊です。平成20年中の速報値ですが、1年間で65万3,299件出動がありました。1日当たりですと、1,790件、1隊の救急隊が、1日平均、なんと7.8件となります。そして、一番下の出動頻度ですが、48秒に1回ですから、私が話し始めてから、相当数の救急車がピーポー、ピーポーといって現場へ出ているような数字です。

 出動件数の推移ですが、昔からどんどん出動件数が増加してまして、毎年更新してきました。特に平成17年が69万9,971件で、約70万件に到達しようかという形になってきました。搬送人員も同じように伸びています。ただ、平成18年には若干減りまして、19年がほぼ横ばい、そして去年の20年が65万3千件で、少し下がりました。原因は、まだ確定ではありませんが、国を挙げての適正医療のPRと、私どもが19年の6月から始めました救急相談センターの効果だと思います。相談センターで年間30万件ほどの相談を受けますが、そこで救急相談、看護師への相談に移ったのが3万数千件ありました。先の救急件数が減ったのが3万数千件と比べて、全部が全部ではないのでしょうが、救急相談によって適正な受診行動が分かり、救急車でなくても自力で行けると判断できたり、緊急でないと分かり安心をして救急車を使わなくなった、そのような効果が出たと考えています。

 これは搬送人員の程度別ですが、事故種別の内訳ですが、急病が一番多くて62.7%、次が一般負傷で、転んだなどでけがをしたものが15.5%、残りは、交通事故が10.8%といった構成になっています。それから搬送された人員の傷病の程度を見ますと、やはり軽症が一番多くて59.8%、中等症が32.2%、重症、重篤、死亡を合わせて約8%といった構成になっています。これを見ますと、マスコミでも指摘されていますが、軽症者が大半で約6割いるという事実です。有料化したら防げるのではないかなど、いろいろな議論はありますが、私どもは、これは初診時の不安に思ったための行為で、すべての利用心理がタクシー代わりといったことではなく、やはり自分自身では緊急性を感じ、不安だ、大変なことだということで119番を押された結果であろうと思います。ですから、先ほど申しました救急相談センターがもっとアピールされて、利用されていけば、この軽症で搬送される部分が減ってくるのかなと思います。

 そしてこれは、先程の救急出動件数のグラフと、東京都内の救急告示している医療機関の数を重ねたグラフです。救急件数がどんどん増える一方、救急告示の医療機関はどんどん減ってきて、今現在では335です。搬送される人員は増えているのに、それを受け入れる救急告示医療機関が減っているという厳しい状況です。

 これは救急隊の活動時間を表したものなのですが、救急要請があってから救急車が出て、現場へ到着まで大体6分10秒です。これは18年、19年とほぼ同じですね。現場へ着きまして、観察、必要な処置を行いまして、病院の選定・連絡をします。18年の時は現場での活動時間は17分33秒、そこで病院が決まりまして、搬送開始します。病院に到着して、引き継ぎが終わって帰署します。18年と19年だけを比較してみても、現場での活動時間が1分23秒ほど延びています。これは先のグラフに示したように、救急医療機関の減少に伴い、なかなか搬送先が決まらないため、病院との連絡に時間を要する要素が非常に大きいと思います。そのため、1件当たり出動から帰署まで、18年は78分45秒だったのが、19年は81分34秒と長くなっています。私が昔携っていた頃は、大体1件1時間だったのが、今では活動時間が1時間20分を超すようになっています。

 医療機関の選定困難ですが、ここのところマスコミでも随分騒がれています。救急車に乗ったのはよいのですが、受け入れ病院がなかなか決まらず、時間がかかってしまうということです。東京消防庁では、医療機関の選定開始から決定までに30分以上を要したか、5医療機関以上に連絡をしたかなどの条件で、医療機関の選定困難事案と判断して統計を取っています。これが1日に約100件あります。先程の統計で、1日当たり約1,800件の出動のうちの約100件で、病院がなかなか決まらない状況になっています。

 ただ全体を見ますと、病院の搬送連絡は、大体1回から2回の連絡で8割5分ぐらいは決まっています。それから、先ほど申し上げた救急医療情報システム、端末装置の「○」がついている所に連絡をした時に、約7割強は一発でOKとなっています。ですから、残りの約1割5分から3割が問題であって、そこの選定困難事案を解決していく必要があるということです。

 いろいろな困難事案を分析してみますと、通常は、医療機関からお断りが来るときは、他の患者を扱い中だというのが一番多いです。それから、専門処置が必要な時に、うちは専門外で処置が困難である、検査ができないなどの理由があります。ベッドが満床だとのお断りの理由もよくあります。それを我々の活動の中でいろいろ分析したところ、キーワードが分かってきました。精神疾患の方や住所不定の方、あとは高齢者です。老人福祉施設からの救急要請や、一人暮らし、生計の困難者や、認知症を持っている方もです。吐血、透析、複数科目、開放性骨折、中毒、結核、CPAの状態の方や、周産期の方もそうです。このようなキーワードに当たった時は、救急隊も「これはなかなか病院が決まらないぞ」と覚悟します。気をつけて迅速にやらなければいけないということで、通常救急隊だけで決めるところを、すぐに総合司令室、警防本部に連絡して、警防本部と救急隊と両方で協力して病院に連絡する体制をとっています。

 選定困難事案を解決するために、東京都独自の組織で、救急医療対策協議会を開催して、いろいろ検討しました。去年の11月に最終報告が出ましたが、この中で救急医療の東京ルールを作り、具体化して選定困難事案を解消していく形ができました。

 この東京ルールは、T、U、Vがありまして、Tが一番大きく、救急患者の迅速な受け入れをしようというもので、一時受け入れ・転送システムの導入をします。ベッドの空きがないなどは断りの理由とせず、ベッドが必要かどうかは、診察の上でなければ決まらないことです。とにかく1回受けて、必要ならば別の病院に転送したらいいではないかと考え、これを徹底していこうというものです。さらには、東京都内を医療圏ごとの地域に分けまして、その地域の中でできるだけ完結するために、地域内の救急告示病院で中核を担える病院に補助金などで地域救急センターを作って、とにかく地域内での受け入れを頑張ってもらいます。そこで無理な時に備え、東京都のコーディネーターを新設し、そこで東京都全域の中で調整をしながら、受け入れを決めていく体制を進めていこうというものです。

 ルールのUですが、先ほども出ました救急相談センターとトリアージの普及促進です。トリアージは現在試行中ですが、本格運用すべきだという話です。病院でも、小児救急のトリアージを進めるべきだということがあります。

やはり一番大事なのは、Vの都民に理解、参画してもらうことです。救急医療全体の状況を知ってもらうことで、相談内容が適切になり、対応が正確で迅速になります。そして、かかりつけ医の重要性を理解してもらいます。これらを具体的な方策にしようと進めているところです。

 ここからは高齢者の救急活動の現状についてです。65歳以上の統計を取りますと、全年代65万3,299件のうち、24万3,212件37.2%が、高齢者にかかる救急出動でした。少し細かいグラフですが、下の濃い方が高齢者で、上の薄い方が高齢者以外です。先ほど申しましたように、全体で伸びています。高齢者の割合も、やはり年々増加しています。そして、オレンジの円が高齢者の割合を示していますが、10年前は30.9%ですが、去年では39.9%で約40%を高齢者、つまり65歳以上が占めているというデータです。

 事故種別の特徴を見ますと、高齢者以外は急病が一番多く約60%で、あとは一般負傷で、前述の割合です。これが高齢者になりますと、急病がぐんと増えまして、約7割です。それから一般負傷ですが、転んだなどということで、こちらも全体よりも増えています。一方で、交通事故などは、外出の機会の減少により少ないようです。そして初診時の程度を見てみますと、全年代では軽症が6割ですが、高齢者以外ですと7割ぐらいと多いのに対して、高齢者は5割と、軽症の割合がぐんと減って、中等症がぐんと増えてきます。入院を要するもの以上や、重症の割合も非常に高くなるといった特徴があります。

 今度は高齢者福祉施設の救急活動の現況を見てみたいと思います。全体出動65万件のうち、高齢者福祉施設の関係が1万6,559件と少なく2.5%です。次に選定困難となる割合ですが、全体の出動件数を先程1日100件ほどと言いましたが、1年間全体で見ますと約3万8,000件5.9%が選定困難に陥っています。これが、高齢者福祉施設からの救急要請で行った場合には、1万6,559件のうち、1,481件8.9%が選定困難に陥っています。

 これを見ますと、私も意外だったのが、救急隊が施設へ行きまして病院への連絡を開始します。搬送先への連絡が1、2回目でOKをもらう確率が、全体ですと8割から8割5分で、大体すぐに決定するのですが、高齢者施設もほぼ遜色ない、むしろ早い決まり方をしています。しかし、ずっと断られ続け、連絡回数が5回以上になることが全体では4.9%ですが、高齢者施設の場合には7.5%にのぼり、最初のうちに病院が決まらない場合には、病院の選定が長期化する傾向があるということです。この傾向も詳細な分析が必要ですが、受け入れを断られる入所者のほとんどが基礎疾患を持っています。また、協力病院があるはずですが、なかなか情報がつかめず、連絡が取れません。かかりつけ医院が、夜間や休日などなかなか連絡ができない時間が多いなどの問題もあります。

 救急活動時間を見ますと、全般では、出動から帰署までが78分12秒でした。対して高齢者福祉施設の関係ですと85分30秒かかり、1件当たり7分18秒、活動時間が長くなっています。

 ここで幾つか事例を紹介します。夜の21時、95歳の男性です。健康診断を受けて肺炎の疑いがあるということで、施設の職員から救急要請です。既往症に、喉頭がん、気管切開がありました。まず協力病院に連絡したのですが、ベッドが満床だということで断られました。救急隊と警防本部と、両方で一所懸命病院に連絡して、25か所めでやっと決まりまして、連絡に1時間19分かかりました。傷病名・程度は、肺炎の中等症でした。

 二つめです。10月頃の夜の22時、60歳の女性です。1週間前から嘔吐、動悸がありました。早く言ってくれればよかったのですが、様子を見て症状が改善しないために、施設職員が救急要請しました。この方は、腎不全で週3回の透析をされていました。また、高血圧、心房細動を持っていました。この施設職員は「協力病院はない」と言ったそうです。「そんなことはないだろう」と思うのですが、そのような説明でした。救急隊は内科ができる病院の選定を開始したのですが、透析が非常に引っかかってしまいまして、夜間でもあり、なかなか決まりませんでした。さらに休日は、先のキーワードにありました、透析、高齢者ですと、本当に決まりません。救急隊指導医に助言要請したところ、緊急に透析は必要ないから、とにかく一般の内科で1回診てもらうようにとのことで、救急隊と警防本部で一所懸命連絡しました。23か所めで決まり、連絡に1時間31分かかりました。傷病名は二段脈で、軽症でした。

 三つめです。これは6月の夜21時頃、88歳の男性です。施設でCPA、心肺停止状態で重症以上でしたので、搬送先に救命救急センターを通常は選定しますが、救急隊が家族に連絡したところ、高度な処置は望まず、近くの2次救急病院に連れて行くことを希望してきました。今回も協力病院は分からないケースです。施設の職員からは、応急手当は実施されていませんでした。CPAは時間が経てば間に合わなくなります。そこでいろいろ選定したのですが、病院側に処置不能と断られ続け、10か所めで決まり、連絡に25分かかりましたが、早いほうでした。傷病名は心肺停止の重篤でした。

 四つめです。これも11月の深夜2時頃、94歳の男性です。通報の1時間前から意識レベルの低下が見られ、協力病院に連絡したのですが、つながらなかったということで、救急要請がありました。観察の結果、意識がJCSの200で重症以上と判断したのですが、施設の方に「処置の希望は家族に連絡しないと分からない」言われました。家族に連絡をしようとしたのですが、なかなか連絡がつかず、やっと連絡がついたところ、今回も高度な医療ではなくて、近くの2次医療を希望とのことで病院選定を開始しました。すでに通報から大分時間が経過していました。看護師の情報で下血があったことが分かり、これもまた病院選定で断られる要因となり、処置困難やベッド満床と言われ、お断りが非常に増えてしまいました。15か所めで決まり、連絡に1時間48分かかりました。傷病名は意識障害の重篤でした。

 最後の事例です。これも2月の深夜2時頃、85歳の男性です。通報の前日からろれつが回らず、食事も取れなく、様子を見ていたのですが改善しないため、救急要請したそうです。この方は、既往症で脳出血がありました。今回も協力病院は不明でした。救急隊は脳外科のできる直近の2次を選定したのですが、やはりベッド満床と断られました。これも17か所めで決まり、連絡に2時間21分かかりました。傷病名は右の片まひ、中等症という診断でした。ほんの一例の紹介ですが、このような事例が本当にたくさんあります。

 医療機関選定困難の事例がたくさんある中で、東京消防庁の管轄の中でも、調布市の消防署での事案の発生が多いです。この管内に高齢者福祉施設が多いことも理由にあるのでしょうが、何とか解決できないかということで、調布市や調布市の医師会、消防署、それから老人福祉施設等の事業所が、一堂に会して検討していきましょうという動きが、今行われています。それら機関が連携して、救急事故の発生時において、入所者の援護・救護を行い、適応医療機関への早期の搬送などを図っていく必要があることを確認しました。そのために、職員に対して救命講習を受けてもらい、いざという場合に備えます。このような安全・安心に高齢者が施設で生活できる環境を作ることを目指す目的で「調布市高齢者救急業務連絡協議会」が設置されました。

 事業内容は、救急業務の効率的な推進や、高齢者の容態急変時の対応といったものです。具体的には、職員の救命講習の普及、事故防止対策の相談窓口や、施設と消防機関、自治会と防災訓練などの連携、施設における協力医療機関との連携強化などが挙げられます。それを図に表すと、各消防署といろいろな団体・組織が連携して、入所高齢者の救護支援を推進していきましょうというものです。自分たちの地域の中でうまく連携をして、改善を推進していきます。

 アンケート等も行いましたが、やはり問題となったのは、救急搬送件数の増加と、それに伴う現場出発時間の延伸化でした。病院の療養型病床の減少により、重度介護者の入所数が増加しています。また、協力病院の受け入れや往診態勢に不備があります。施設にいる方の、2次や3次の救急医療体制の選定の判断が非常に難しいです。それから、適応医療機関の確保でして、なかなか病院が決まらないといったことを解決しなければいけません。施設職員の応急処置技能が不足しているので、強化しなければいけません。それらが必要であるということです。

 調布市救急業務連絡協議会の20年度の事業計画ですが、この中で「QQカードの作成」があります。これは資料にありませんが、入所者一人一人について、住所・氏名から、今このような病気を持っています、どこどこ病院にかかっています、協力医療機関はどこですなどの情報をカード化して、救急隊が着いた時にそれをパッと示すことで、その情報が分かり、情報に基づいて病院を選べます。この取り組みを推進しています。

このカードを作った後、4か月半のデータですが、カード導入前の平成19年の4月から8月に施設の高齢者の搬送は62件あったのですが、この時の現場での活動時間は21分14秒でした。それが、導入後の20年の4月から8月で同様の搬送は60件あったのですが、平均活動時間は20分13秒で、1分01秒短縮されました。この1分が蓄積すると非常に大きな時間になり、傷病者の命にかかわってきます。

 そして、救命講習会を、施設職員に受けてもらいました。すると、実際にCPAの状況に陥った患者さんが現れた施設で、職員が一所懸命心肺蘇生を行い、呼吸・脈拍が回復した事例が実際にありました。やはりこのような連携は、非常に大事だと思います。

 これらを踏まえまして、医療機関選定困難は、何が問題で、どうしたらいいのかを考えてみました。一つめは、協力病院が存在するので、これとの連携体制を強化するべきです。協力病院には、やはり連絡を受けた時は一時的にでも受け入れてほしいです。それから、高齢者福祉施設の認可の時には、今でも協力病院を指定するきまりですが、これが機能するように、法制化は厳しく条例化するなど、しっかりと協力病院の役割や機能を強化してもらいたいです。

 もう一つは、入所者の家族等との連絡体制の確立です。これは、救急隊が家族への連絡で時間を要することをなくすため、施設の職員が家族等との連絡体制を事前にしっかり取って、時間がかからないようにしてほしいです。それから、救急隊への入所者情報の提供体制の確立です。入居者情報の共通フォーマットも必要です。前述のQQカードなどで、スムーズに情報が救急隊から病院にまで伝わり、搬送先が早く決まるように進める必要があります。

 また救急要請時における対応について、入所者と家族等との間で事前協議を徹底してほしいです。これは、先程の例にもありましたが、救急隊の判断では救命処置、3次医療が必要とした時でも、家族はそれを望まず、近くの2次病院でということが往々にしてあります。また、その逆もあります。そういった判断が早くされないと、病院にも連絡ができず、なかなか受けてもらえません。それから、緊急時における応急処置等の実施を、施設の職員に救命講習を受けてもらい、いざというときにきっちりと初期対応ができれば、一人でも多くの命が助かるのではないかと思います。

 最後に、この調布市の事例は、まだまだ一つの試案ですので、1年と少ししか経っていません。ただ、様子を聞いてみますと、施設職員と救急隊員が互いの顔を見る機会が増えてきました。ですから、いざ現場に行った時も情報交換が非常にスムーズになり、早く活動ができるようになりました。それが先ほどの時間短縮に表れていると思います。ですから、まだまだモデルケースで検証は必要ですが、こういった地域での連携を、東京都内だけではなくて、もっと日本の中でも組織して連携を強化していく必要があると思います。

 私が今日発表したのは、救急隊員が困っている、搬送先病院が決まらないなど、決して救急隊員のつらい現場の発表ではありません。我々は税金から給料をいただいて活動しているわけで、納税者でもある救急を呼ばれた傷病者本人の生命を守る義務があります。一刻も早く医療の元に搬送しなければいけません。それが遅れるということは、どんどん救命の可能性が薄れていくことになります。

それからもう一つは、1件の救急活動が長くなる場合には、どんどん遠いところの救急車が来なければいけなくなり、さらに現場到着時間が遅れます。すると、実際に緊急の救命事案であった時にも、何秒、何十秒の遅れがその方の生命を救うことの支障になってしまいますので、地域の連携など協力をいただいて、スムーズな救急活動、救急搬送ができるように、我々もこれからも進めていきたいと思います。

以上です。ありがとうございました。
基調講演W「 慢性期病院の3次救急病院との連携 」 
飯田達能 ( 永生病院院長)

 こんにちは。永生病院の飯田と申します。私の持ち時間は30分ほどと思っていましたらもう少し時間をいただけそうなので、できるだけゆっくりとお話ししたいと思います。また、話の途中、内容に関係したことで、私が今、感じていることなどを少しお話しできる時間が取れたらと思います。それでは、進めてまいります。

 今回の内容は慢性期病院と3次救急病院との連携と題しました。今、救急病院が新聞や報道などで、体制が非常に崩壊している状況を伝えています。「たらい回しで」という、本当につらい表現ですが、社会問題になっている現状を改善することのお役に立てないかと思い、この題でお話しします。今、日本では療養病床というのはどんどんベッドを減らして、病院をつぶしていこうという動きです。「そうではないですよ。療養病床はこんなに大事なんですよ」と訴えていく上でも、3次救急病院との連携は必要な働きだと考えています。そこで、日本慢性期医療協会の武久会長が委員会を設けて、昨年の夏頃から活動に入り、検討し、そして、東京および大阪にまずモデル地区を作ることになりました。それを少し説明します。

 3次救急に入院後、加療によって慢性期病院で対応可能になった患者さんを、いち早く慢性期病院に転院できる体制を構築することで、3次救急病院が満床のために救急対応できないという状況の改善をし、救急難民の減少を目的として始めました。いち早く慢性期病院に転院できる体制は、救命救急センターから直接、慢性期病院に移るということです。普通一般に行われていることではありません。先ほど長谷川先生の最初の頃のスライド中にもありましたように、3次救急から次に転院をする所で多いのは一般病院です。その一般病院ではなくて、慢性期の病院でも対応できる患者さんを受け入れることで、3次救急の機能が発揮できるようになると考えています。

 これは昨年6月に、療養病床と急性期医療との連携に関する調査を行ったものです。日本慢性期医療協会の会員750病院にアンケートを取って、「2次救急、3次救急から患者受け入れの紹介があれば、できるだけ受け入れたい」と回答した病院が、なんと72.9%と高い率で積極的に連携を望んでいるという状況が分かりました。この結果を受けて、8月に全国の3次救急指定病院にも、療養病床との連携に関する調査を行いました。すると、83.3%の3次救急の病院から、療養病床との連携システムに積極的に参加したいという回答がありました。お互いに連携を図りたいという意思表示があったわけです。そこで、東京地区で連携を進めることになった経過を少しお話しします。

 日本慢性期医療協会の会員にアンケートを取って、「3次救急と連携を取りたい」と東京都の中で積極的に答えた慢性期病院が、東京都の横長の多摩地区でも、奥の方に多く点在しています。それら病院にまたアンケートを取って、積極的にこのプロジェクトに参加できるかをききました。ただ、このプロジェクトに参加しても、その病院への見返りはあまりないのですが、むしろリスクだけは抱えてしまいます。しかし、このプロジェクトをすることによって、我々の慢性期病院が必要なのだということが再確認されます。また、3次救急の病院から直接受け入れるシステムを作ることによって、その患者さんを受け入れることが診療報酬のインセンティブに働くようにします。そういったことがつながれば、全国でこのような動きは広がると考えます。すると、3次救急の病院が非常に動きやすくなるだろうと考え、「賛同いただけますか」ときいたところ、7つの病院が手を挙げて集まりました。

 その7つの病院は、東京の西側の多摩地区、八王子や多摩などの病院です。それら病院でこのプロジェクトの立ち上げを行い、結果を効果的に出すために、連携がうまく出来る条件に該当する3次救急病院は近くに幾つかあっても、たくさん選ぶと効果が薄まってしまうと考えました。7つの病院が以前より共通して患者さんを送った実績のある病院で、地理的に同じ東京西部に位置する、東京都立府中病院の3次救急と連携を取ろうということで意見がまとまって、都立府中病院の院長の青木先生に連絡を致しました。

 私が挨拶に伺って、「実はこういうことで動こうと思うんですが、いかがでしょうか」と話したところ、「いや、いいね。どんどんやってほしい」という返事で、実際に転院が可能な患者さんはいるのでしょうかと聞きました。すると、高齢者の施設から緊急に3次救急に入って来る方も、本来なら2次救急で済むのですが、2次救急の病院が受けてくれないので繰り上がって3次救急に入ることが多いそうです。そのような方は、治療するとよくなるのですが、すぐに施設に戻れない都合で、3次救急のベッドがふさがったままです。また、退院が長引けば、その後の一般病棟のベッドもふさがるということを話されたので、1か月に大体どのぐらいの人がいるのか聞きますと、「10名ぐらいいるかな」という話でした。そういった話を伺って、3次救急で治療してある程度落ち着いた、帰るべき人が帰れない場合は、やはり慢性期病院でいち早く受け入れる必要性を感じ、依頼があったら、当日すぐ移ることができるのが望ましいと考えて、プロジェクトを開始しました。

 連携を12月から始めて、東京地区は4月いっぱいまで行おうと進めております。始めた月の12月1か月の実績ですが、連携紹介数が9件でした。そのうち6件が転院しました。さらに、その6件のうち3件は、3次救急から直接の転院でした。転院に至らなかった3件はどうしたのかというと、プロジェクトを始めたばかりで、恥ずかしいことに、7つの病院の中でも院長や、連携室は転院を受け入れることを理解していたのですが、現場病棟でスムーズに情報が伝わらなかったり、満床だったためやりくりができなかったため、当日「満床です」と答えざるを得ない時が3件ありました。

 それから、都立府中病院の3次救急の受け入れ件数をみてみると、おととしの平成19年12月は、144名の入院でしたが、昨年の平成20年12月は、171名の入院を受けることができ、増加しました。3次救急の要請の実数自体も増えているのですが、このような連携を図ることで少しでもお役に立てたのではないかと思います。

 これは、早期の連携転院をすることにより、3次救急でさらに対応可能になると予想される件数を出してみました。早急によくなったというように効果を示す数字として表わすのが難しく、都立府中病院に協力してもらい算出した数字です。式の説明ですが、平均在院日数5.4日というのは、都立府中病院の3次救急での平均的な在院日数です。1人の患者さんで、大体平均的に5.4日で退院するなり、一般病棟に移るなりされています。そして、対象人数とは、患者が直接3次救急から連携の病院に移られた人数です。先ほど3人とお話ししましたが、1人はかなり症状が重い方だったので、データから外し2人としました。

 そして、2.75日。これは慢性期病院に転院した患者さんの救命センターでの延べ在院日数です。1人が1日、もう1人が1.75日であったのを足して2.75日としました。式のとおり「平均在院日数×対象人数−救命センター述べ滞在日数」を計算しますと、8.05日という数字が出てきます。これは、在院が短縮された効果を延べ日数で表わしたものです。これを本来の平均在院日数5.4日で割ると1.49となり、12月に新たに1.49人分の受け入れの余力を発生させたことになりました。これが大きいのか小さいのか、何とも言えませんが、3次救急から患者さんを直接受けるというのは画期的なことで、3次救急の医師からは、ぜひ今後とも続けてほしいと言われています。

 次に1月の実績ですが、連携紹介数は7件で、そのうち6件が転院しました。さらに、そのうち3件が、3次救急から直接転院してきています。早期に連携転院することで、3次救急の受け入れが可能になる予想件数は、1.03人可能となるデータになりました。

 この東京連携では、コーディネーターがどこの病院に患者さんを振り分けていくかを決めています。これは、振り分ける機能としてのコーディネーターという言葉ですが、都立府中病院の医療相談の方が、ご本人の病状だけでなく、経済的なことなど、多角的な状況を踏まえて病院を選択して、適切な所に紹介してくれています。ですから、コーディネーターは単に振り分け機能だけを行っているわけではなく、患者さんの人柄や経済状態など、すべてを見て選択しています。大変苦労が伴う業務でかつ重要であることを、ここで説明を入れました。

 これは、大阪のモデル地区での3次救急との連携実績です。東京の3次救急の病院は大体大きな病院で、その中に3次救急があって、一般病床もほとんどの病院にあると思います。一方、大阪は少し特色がありまして、救命センターだけで後方ベッドがないという所が点在しています。そこで、大阪地区では、大阪府全体で取り組むとして、5つの3次救急病院と22の慢性期病院の連携を立ち上げました。

コーディネーター、すなわち振り分けていく窓口を、慢性期病院に1か所設けて、大阪地域を網羅して連携を開始しています。実際には、3次救急病院からの情報が、このコーディネーターのいる病院に入ります。そして22の病院が、どのような機能を持った施設かという情報の中で、「この患者はこちらの病院がいいかな」と条件が合ったところを紹介します。すると、紹介を受けた慢性期病院が、問い合わせがあった急性期病院に連絡をします。情報のやり取りをして条件が合えば、「では、ご紹介ください」となり、患者さんが転院します。

12月の実績は、連携紹介数が8件あって、そのうち5件が転院しています。大阪では、大阪府も非常に力を入れていると聞いています。地域、地域によって、連携の形はやはり多少変わるのだろうなと感じているところです。

 考察です。都立府中病院の3次救急対応患者数は、大幅に増加しました。前年比増18%を超えて、一昨年12月の144件が、昨年同月には171件と増えました。これは、3次救急の病床の回転が早まったことを伺わせます。3次救急に携わる医師、看護師、医療相談員などのスタッフの涙ぐましい努力によるものです。そして今回、慢性期病院も、早期に連携・転院によって、3次救急でさらに対応可能になる予想件数、東京の場合には1.49人を生むことに貢献し、3次救急の病床の回転に貢献できました。3次救急との連携は、全国に広めていく必要があります。やはり連携を取ることによって、3次救急のベッドを有効に活用できます。3次救急病院の後、退院先として貢献することができるのだという話です。

 このシステムを全国に広めるための問題点を挙げてみます。一つは、慢性期病院の機能などの情報収集です。いろいろな病院があります。病床数も、100床規模から700床規模と幅があり、回復期リハがあったり、または医療療養病床の中でも、人工呼吸器が10台以上ある病院もあったり、いろいろな機能を持っている病院があります。そのような機能を情報収集する必要があります。それから、転院連携のコーディネーターをどこで担うかです。この患者はどこに紹介したらいいかという判断を、急性期病院がするのがいいか、それとも、慢性期病院がいいか、そういった窓口をどこに置くかも、地域、地域によって違うと思います。転院前の患者情報伝達も大事です。ご本人の病状もそうですが、経済状態、特に医療費を払える人か、払えない人かが大事です。払えない人は受け入れ先に、非常にリスクを負わせることになります。慢性期病院には、医療費を払えない方のリスクを担うような上乗せの診療報酬などはありませんので、これは本当に大事なことです。

 それから、転院前の病院見学を省くことのリスクです。大阪では、急性期病院から慢性期病院に移る期間が、大体2週間前後と聞き、東京の場合、大体1か月ぐらいかと思いますが、なぜ大阪より2週間も延びるのかというと、患者さんの家族が慢性期病院を見学して、「この病院ならいいですね」と納得してから移るという転院までの作業があります。家族は、たいてい仕事をしていますので、「いつでもすぐに行きます」とはいきません。自分の都合がついた時に行くわけで、日にちは延びてしまいます。見学を省くことへのリスクも感じているのでしょう。

 慢性期病院での病床確保もしなければなりません。大体の慢性期病院は、ほぼ満床の状況で動いています。そこに空きを確保していくことは、非常に努力が必要だと思います。慢性期病院での医療の質向上も求められます。急性期から転院する患者さんの病状も、まだ不安定な部分があります。そのようなところもしっかり診て、自宅に安心してお返しできなくてはいけません。これも、在宅部門や地域の方々と連携がうまく取れてできることです。そのような医療の質を上げていく必要性、職員の教育なども今以上に強化する必要があると考えます。

 これは提案です。全国にこのようなシステムを広げていくために、転院連携のコーディネーターは、東京や大阪との違いから分かるように、地域特性により決めていく必要があります。それから、慢性期病院の機能を十分把握し、データの書式もある程度統一して、必要な情報が十分把握できるようにします。そして、患者情報を的確に紹介病院に伝達します。そのようにしながら、連携を容易にして協力できる慢性期病院を増やしていきます。東京で連携を実際に始めた当初は7つの病院でしたが、1月から1つの病院が「加わりたい」ということで、8つに増えています。これは、現在多摩地区でのみ進行していますが、今後、東京23区や埼玉など、だんだん地区を広げていき、全国に広げていくということが必要だと思います。

 患者さんの家族背景や経済状態に問題があり、未収金が発生するのは、病院の経営としては非常に難しい問題で、重大な問題にもなるかと思います。また、トラブルの発生のリスクを抱えた状態での転院となると受け入れ先も大変です。どのような患者か情報を伝達するわけですが、病院側でも把握できない情報があるままで転院になることもあります。そのために、転院に対しての、診療報酬でのインセンティブを設けようと思います。このようなことが診療報酬に積極的に盛り込まれていけば、全国の慢性期の病院が、「入院をお断りします」はなくなると思います。2次救急の病院からの受け入れだけではなくて、3次救急の病院から直接の受け入れというように広がっていくのではないかと思っています。これは大事なところだと思います。今日、報道の方も参加されていましたら、明日の新聞に掲載してほしいところです。

 それから、慢性期病院での医療の質向上のために、日本慢性期医療協会で認定講座を行っています。3回に分けて6日間のプログラムの認定講座があります。看護師さんやドクターが受講して、医療の質を上げていくという講座を実際にやっています。

また、慢性期医療の臨床指標を導入してみてはどうかと思います。現在、老人の専門医療を考える会で、約1年前からですが、臨床指標を考えています。今日も午前中に委員会がありましたが、日本が、高齢者の比率で世界のトップを進んでいるという状況ですから、高齢者の医療の質を担保することを、日本から世界に発信していこうと考えています。この指標として考えているのは8項目です。

1つ目は、入院している方々の、食べること、摂食です。自分で食べることにつながるように、どれだけ病院として行っているかです。2つ目に、褥瘡が新たにできないように、どれだけ回避できるように努力しているかです。3つ目に、転倒・転落など、どれだけ予防することができているかどうかです。4つ目は抑制がどれだけ回避することができているかどうかで、5つ目に、自宅に帰る時に、前もって在宅や施設の方々と多職種間でミーティングをして、その方が住みたい環境になっているかどうかを確保していきます。7つ目に、自宅に安心して帰っているかどうかの評価です。8つ目に、退院して約1か月間で、再入院、再入所につながることをなくし、その比率をどれだけ確保できているかということです。およそ8項目に、やっと何とか濃縮してでき上がってきました。もう少しすると、全国に発信できると思います。

 このような臨床指標は、急性期の臨床指標とはだいぶ違います。急性期の臨床指標は、アウトカムでそのままを出す数字で、ネガティブな印象を持つものもありますが、今お話しした8項目は、すべてポジティブな評価になるようにしています。それから、第三者評価、つまり、医療機能評価ですが、急性期病院には4分の1ぐらい導入されています。しかし、老人の専門医療を考える会は15年も前から、5年に1回ではなくて、老人病院機能評価という評価項目を用いて毎年評価をしてきました。

そのような評価も今年度で16回目になります。これからもこの評価を続け、そしてアウトカムも評価していくことで、臨床指標の質を高めていくことにつなげたいと思います。

 以上で私の発表は終わりにさせていただきます。ご清聴ありがとうございました。

シンポジウム「 地域の救急医療を考える 〜私達の立場から〜 

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE