司会 齊藤正身 |
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続いて、藤田博司先生です。 医療法人愛の会光風園病院の副院長さんです。藤田さんからは、「痴呆高齢者の身体合併症への対応」というテーマでお話しがあります、内科医をされている立場で、痴呆の方がただ単なる痴呆の問題だけではなくて、そこにいろいろな合併症が加わってくる。その合併症の治療という部分でもいろいろな取り組みをされている方です。 では藤田さん、よろしくお願いいたします。 |
基調講演IV 痴呆高齢者の身体合併症への対応スライド資料(PDF形式) |
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藤田博司 |
光風園病院の藤田といいます。今日は、「痴呆高齢者の身体合併症への対応」ということです。先ほどからのお話で、痴呆のある方の医療というのは大変だという感想を持たれている方もあるかもしれませんが、うちの病院での取り組みについて、少しお話をさせていただきます。 ただ、私の講演の中で、患者様のお写真が3枚ばかり出てきます。3名の方とも、一応、ご本人、それからご家族にお話をしてありまして、痴呆の方のこのような勉強会であれば使ってもよろしい。自分たちの姿を皆さんの前にさらすわけですが、これが皆さんの勉強の一つになってもらえればいいということでご了解を受けておりますので、その点、その3名の方には感謝をしながらお話を進めたいと思います。 痴呆高齢者の身体合併症で最大の課題というのは、当会での医師のワークショップで出てきました。平成10年だったと思うのですが、このような問題点が出ています。それは、どのような合併症が、どのぐらいの頻度で出てくるかということです。 それから、痴呆があるということで、本来取るべき治療方針が変わるのではないか。治療方針はどう決定するか。あるいはそれに必要な処置をするときに、どのような対応をするか。かつて身体拘束の問題がたくさん出てきましたが、そのようなことについてどうするかという問題ですね。 それから、最初に斎藤先生がお話しになった、インフォームド・コンセント。先ほどのお話では、それを実際に受けられる権限を持つ人はいないということなので、もっと大変な問題なのだと思うのですが、だれが意思を決定するのか。あるいは終末期になったときに、だれが本当にこの方のQOLを見ることができるか、という問題点が出ています。 まず、高齢者によく見られる疾患。これは、当会の『老人医療実践マニュアル』という本があるのですが、その中で、脳梗塞、高血圧性脳出血とか、このような脳疾患ですね。それから多いのは、肺炎。元議員の山中さんが、昨日この肺炎で亡くなったという新聞記事がありますが、高齢者の死亡原因で最も多い肺炎。それから、高血圧、糖尿病という、いわゆる成人病。それからイレウス。これは、高齢者の方、大変な便秘症の方がたくさんいまして、腸が動かなくなってくると腸閉塞のような状態になる。このような、いろいろな疾患が高齢者によく見られます。 では、痴呆の方はどうなのでしょう。わたしたちの病院に痴呆病棟というものがあるのですが、40床の介護保険の適応病棟になっています。対象としているのは、重度の痴呆があって専門的ケアを必要とする患者様です。 どのようなものが専門的ケアかというのは、本日は他に重要な話がありますので簡単に言ってしまうと、本人のフラストレーションを取って、いかに楽しく生活をするかということを実践することで問題行動が無くなっていく。そして、問題行動が無くなれば自宅へ帰っていただくということをしています。 もう一つは、身体的疾患に対する医療度が高いけれども、重度の痴呆があるためにほかの医療施設で対応していただけない方を受け入れています。主にここに入っていらっしゃる方の痴呆度というのは、長谷川式スケールという基準で、大体3点以下という高度の痴呆の方ばかりです。 居室には、ベッドがあって、たんすがあって、いすがあって、柵が無くて、ナースコールがあって、という、ごく普通の患者さんが入院する部屋と何も変わることがないようにしています。 日中よく過ごされている食堂は、流しもありますし、花も飾ってあります。どのような問題行動がある方が入ってこられても、特に日常生活を変えないというポリシーで行っています。 今回、お風呂を改装しまして、すべてこのような個室浴槽になりました。個浴にして、入院されている方の日常生活が全く変わらないようにしています。 そのような十分なケアをすることで、問題行動を減らして落ち着いた精神状態になっていただいております。 そこで、平成13年1月から平成15年12月までの3年間に、この病棟に入院歴のある患者さんについての分析をしました。 男性42名、女性63名で、105名の方がこの病棟を利用されていました。 (スライド)基礎疾患といいますのは、痴呆を起こしている元になっている病気です。アルツハイマーが16、脳梗塞が31と、非常に多いのですが、ほかに脳出血、くも膜下出血などの疾患が痴呆の原因になっています。この方たちが入院してこられた時、その時既に持っていらっしゃった病気を合併症と呼んでいますが、高血圧の方が21名。糖尿病の方が12名。慢性の呼吸器の病気が10名。循環器、という方がありますが、ガンの方も8名入院されています。中には、徘徊があるためにお世話ができないということで、あるホスピスからわざわざ紹介されて、うちでホスピスケアのために入院された方もあります。そのほか骨折があり、リハビリテーションをしなければいけないのですが、先ほどの土田先生が一生懸命やっていらっしゃるような病院と違って、リハビリテーションがうちではできないからということで当院に送られてきた方もあります。 そのような方たちが入院中にどのような疾患を発症したか、3年間で見てみました。そうすると、やはり一番多いのが肺炎です。30例の患者様で、67件、肺炎が発生しました。尿路感染も29件、18名です。このように、元々高齢者に多いという疾患は、やはりたくさん発生しています。 しかし、注目しておかなければいけないのは、骨折なのです。手術が12件、保存的にされたものが18件で、30件骨折が起こっています。 これは、わたしたちの病棟が特に身体抑制を全くしないというポリシーで、徘徊もかなり自由にしていただけるような形にしているからです。先ほどの基礎疾患の中に脳梗塞例がたくさんありましたが、そのためにどうしても転倒・骨折ということは防ぎきれないということで、この数になりました。これが、私たちの病院の特徴ではないかというように思っております。ほかに、腹膜炎で手術された方などがあります。 では、そのような方について、ほかに治療法として何か変わったことをやっているかといいますと、はっきり申し上げて(最初の課題の1なのですが)、特に変えてはおりません。肺炎については、きちんと抗生物質の投与、点滴が必要であれば点滴もします。 (スライド)この患者さんは今、点滴をしているのですが、特に身体抑制はしていません。ただ、この方は、放っておきますと点滴の針を抜いてしまいますので、詰め所で看護師がにこやかな顔をしながらお話をしているのです。点滴のルートは、わざわざ頭のほうから下げていって、本人の目になるべく入らないようにする。このようにすることで、点滴ルートに気がいかないようにし、点滴を抜くということもなしに、しかも、このように、にこやかに点滴をするという風景が見られているのです。このような取り組みをすることで、治療が可能になっています。 (スライド)それから、先ほどたくさんありました骨折が、ここにずらっと並んでいます。ほかに、ヘルニアや腹膜炎などで手術をしたという話になります。しかし、これらについては、私たちの病院では手術ができませんので、すべて近隣の整形外科の先生、あるいは総合病院にお願いして手術をするのです。 どの手術方式を採ったとしても、注目していただきたいのは、この転院日数なのです。手術をするために、大体3日、4日ぐらいの転院日数。2日でもう帰ってきたという方もあるのです。この方は、丸2日かかっていますが、実際には20時間くらいしか転院していなかったのです。要するに、手術はしていただいて、術後はうちの病院でリハビリテーションなり術後のケアをする。精神的ケアもきちんとしながら術後を見ることで、このような方の手術も可能だと思っています。 (スライド)ここに患者さんがいらっしゃるのですが、後ろに立っているのは病棟看護師とリハビリスタッフです。わざわざリハビリ室まで行かなくても、広い食堂を上手に使って日常生活を上手にしながら、上手に徘徊をしていただいても歩行練習になるのではないかと思っています。土田先生は異論があるかもしれませんが、私はそう思っているのです。 このように、日常生活について、看護師とリハビリスタッフが患者さんを前に話をして、では、どのようにしてこの方のリハビリテーション、歩行訓練をしようかということを行っています。 このようにして3年間診てきて、皆さんがどうなったかといいますと、この病棟からほかの病棟に移った方。これは、特に大きな問題行動が無くなったとか、先ほどの脳梗塞、特に多発性脳梗塞等が進行することによって、少しずつ機能が失われていき、元気に徘徊できる病棟でなくてほかの病棟へと行かれた方もあるのですが、21例がほかの病棟です。退院された方が47人。そのうち自宅へ帰られた方が14人。特別養護老人ホーム10名。老人保健施設が3名。そして、結局16名の方が亡くなっています。 死亡原因を見てみますと、やはり肺炎は5例。30人の方が肺炎を起こして、そのうち5例の方は重症になって亡くなりました。ほかに、心不全、脳梗塞、このような疾患で亡くなっていますし、元々の合併症であるガン死の方が2名と肺炎の方が1名ということです。中には老衰の方もいます。これは、痴呆があるかないかということもあるのですが、ご本人が積極的に食事を取られなくなる。「食事を本人の意思で拒否しているな。ほかの栄養方法も、本人の意思でどうもこれは拒否しているだろう」ということを、ご家族と話し合いをし、本人の機能も見ながら、これはもう老衰に入ったという方については、特別に経管栄養などをしないで、そのままQOLを高めるようなケアをしながら看取りをするということで、3名の方が亡くなっています。 (スライド)一例、症例を出したいと思うのです。72歳の女性の方で、糖尿病があります。70歳のころから痴呆症状があって、訪問看護を受けてインシュリンを使用しているということだったのですが、平成14年になってグループホームに入所されています。入所したグループホームで、食事がどうも不安定なために血糖コントロールができないということで、私たちの病院に紹介で入院されました。不明瞭な発言があるけれども、意思の伝達はそこそこできていて、興奮などの問題はない。ただ、食事が不安定なためにうまくコントロールができないということでした。 この方が入院され3か月ぐらいして、実は肺炎を発症されました。一週間ぐらいで肺炎は軽快したのですが、食事が取れないため流動食になりました。流動食ではむせてしまうというので、もう少し固めの「つるん食」という、ミキサー食を固めたようなお食事に変えてみました。ケアカンファレンスをして、食事の変動が非常に悪いのですが、覚醒状態が悪く、脱力もあって、食事があまり取れない。リハビリスタッフと連携して、なんとか身体を起こしたりして刺激を与えて、少しでも改善しようではないかということをやってきたのですが、脱水になり、一時、状態が悪くなります。点滴をして脱水を改善したのですが、やはり食事が進まない。何か他の状態が起こっているのではないかということで、頭部CTを撮りました。撮ってみたところ、脳梗塞などという大きな病気は起こっていなくて、ただ前頭葉を主体として脳が萎縮、小さくなっていっているという所見でした。「これだったら、痴呆としての脳の所見だけですね」ということでもう少し行っていたのですが、肺炎を繰り返すようになりました。 そこでご家族に、「全身状態が悪くて、認知力が低下してきて、食事が取れていません。今後、脳の変化からして認知状態が良くなる、痴呆が良くなるということはないけれども、全身状態だけでも維持するには、経管栄養をしなければいけないかもしれません」というお話をして、カンファレンスでも経管栄養をするかどうかということを検討することにしました。 さて、この患者さんの経管栄養は、本当に適用があるのでしょうか。もし、経管栄養を行わなければ、栄養障害が確実で、点滴を続けても3か月前後の寿命で、いわゆるターミナルケアになります。経管栄養をした場合に、痴呆があって、CTで脳萎縮もありますので、わずかにコミュニケーションが取れる状態で経管栄養のままずっと、ひょっとしたら最期になるかもしれないということですね。 私たちの病院の、経管栄養の考え方なのですが、経管栄養というのは、あくまで安全な栄養方法であるということ。適切な栄養管理を行うことで、患者様により良い療養生活が保障されるということがなければ、適用はない。特にこのことによって、食事の楽しさを失うことに対して、それを埋めるだけの十分な生きがいをご本人に与えることができなければ難しいのではないか。悪性腫瘍の終末期とか意識障害、老衰などの、栄養管理をしてもただ単に延命になるという場合には、患者さんの苦痛とか経管栄養を行うことの意味を十分に考慮しなければいけない。否定はしないけれども安易に行ってはいけない。それから、経管栄養の実施にあたっては、本人あるいは家族とよく話し合って納得をしていただけなければ行わない、ということにしています。 (スライド)それで、この方は別の患者さんなのですが、非常ににこやかなお顔をされています。ここに一本、管があるのですが、この方はここに胃ろうが作ってあります。これは、今、胃ろうから経管栄養を流しているところなのですが、この方は、経管栄養中もこのようににこやかな状態ですし、胃ろうからの経管栄養が終わると、またスタスタと元気に病棟の中を歩いていらっしゃったり、アクティビティーに参加して楽しんでいらっしゃる。ただ栄養は胃ろうになっているという方です。この方は、この状態で9か月過ごされて、やがて脳梗塞の再発で亡くなっています。 そこで、経管栄養をしても十分にご本人にQOLがある場合には経管栄養をしますが、ということで、ご家族に、「今のところ食べやすい食事を出しているけれども(この時期一日2割くらいの食事量がせいぜいだったのです)、本人の認知力に問題があって口もなかなか開けていただけない状態であるし、点滴をしても数か月の寿命と思われるが、経管栄養で延命をするかどうか、ご家族でも考えていただけませんか」というお話をしています。結局、ご家族も4、5日家族会議を開かれたようで、意識があり、なんとか話もできる。意識がある間は生きていてほしいということがご家族の結論で、経管栄養をすることにしました。 カンファレンスをして、「これからの全身状態、QOLを考えて経管栄養をするけれども、前頭葉の萎縮があるので、今後の回復が可能かどうかは分からない。しかしながら、今後も声を掛けて刺激をしたり、座る練習をしたり、口腔ケアをしたり、口腔の感覚を残したり、褥瘡や、関節拘縮を防いだりして、QOLを高めながら少しでもまた回復することを目指してみようではないか」ということで取り組んでみました。 そうすると、4月の中頃に経管栄養にして、6月の初めぐらいに、どうも本人が何か食べたがる素振りがある。そこで、一口ゼリーというものを買ってきて食べていただくと、1、2個はどうも無理なく食べられているようだということが分かりました。そこで、楽しみ程度におやつに食べていただこうか、あるいはティータイムの時間にアイスクリームを食べていただくようなことをしたら、ご本人も少し喜ぶのではないかということで、それを続けていました。 それから2か月経ってみると、どうも、手も足も関節可動域が広くなっていて、いろいろなことをお話ししても反応が良くなっている。非常に活動性が上がってきまして、9月になると、鼻腔カテーテルが嫌だとばかり、自分で抜いてしまうような状態になっています。このために肺炎を起こしてしまいまして、ご家族に、「このままだと鼻腔チューブをしょっちゅう抜かれます。そばに付いて見ていて栄養を差し上げることはできるのですが、そのために何度も入れ替えするのも大変ですよ」という話をしました。胃ろうを作りましょうということで、ここで胃ろうを造設しました。 胃ろうでしっかり栄養を取りながら、このような一口ずつ食べるというようなことを進めていったところ、11月くらいになってくると「食べたいという欲求が非常に強くなってきて、自分で手を出して食べようとされていますよ」ということなのです。しかも、座る耐久性もかなり付いてきたとういうことなので、12月から一食分。12月の終わりに二食。12月の最後には三食ともゼリーで固めたお食事が口から取れるようになったのです。この時点で、一応、経管栄養を終了しました。 現在、2月なのですが、結局、肺炎を発症されてから約一年ちょっと。現在、元のようにまで元気ではないのですが、車いすで離床して病棟の中で楽しむことぐらいはできるようになっていて、食事も三食食べていらっしゃいます。 そこで、わたしたちが考えているのは、高齢者の終末期というものは、普通考えると、進行ガンとか再発ガンで現在いかなる医療を行っても根治できないとき。それから心不全や感染症、脳血管障害で積極的に治療しているが、全身的に回復が望めない、何をやってもなかなか難しいですね、というとき。 このようなときと、さらに年齢が進んだり痴呆の進行で、食事をしなくなったり寝たきりになった状態を、一応、終末期と考えましょうというようにしています。 しかし、先ほどの症例の方のように、痴呆の進行で食事をしなくなって寝たきりになったとあまりに早く判断をしすぎると、この方の場合は、いわゆる見込み発車の終末期ということになってしまうわけです。 特に痴呆の患者さんの場合には、肺炎を起こしたあとの回復が非常に悪かったり、コミュニケーションが取りにくい。しかも非常に意欲が低下するということで、終末期と誤ることもあるかもしれない。もっと慎重に診て差し上げなければいけないというように、最近は思っています。 以上です。どうもありがとうございました。 |
司会 齊藤正身 |
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ありがとうございました。 3つの病院の各々の取り組みといいますか、外から見ると同じような病院に見えるかもしれませんが、やはり各々の病院、取り組み方も違ったり、実は病棟の種類も違ったり、外からはなかなか見えないようなこともあると思います。この辺も、ある意味では課題なのかもしれません。 ただ、光風園病院は、お食事のことなども一生懸命ですし、それだけではなくて、桜が千本もございます。もう少しして行くと、きっときれいだと思います。無理に行くこともないですが、お近くの場合は見に行かれるといいと思います。下関で、とても風光明媚な所で、きっと穏やかな気持ちで療養されている方が多いのではないかというように思います。どうもありがとうございました。 |