老人の専門医療を考える会 - 全国シンポジウム - 内容
第26回 『痴呆高齢者とどう関わるか』
▲もくじに戻る

6.基調講演III

司会 齊藤正身

 それでは、続いて、「痴呆高齢者とどう関わるか〜在宅診療編〜」ということで、霞ヶ関中央病院の副院長の齊藤克子先生にお願いしたいと思います。
在宅医療をしている中で、やはりできるだけお家の中で過ごしたいという方はかなりいらっしゃるわけです。ご家族も、大変は大変だけれども、なんとかできる限り家で過ごさせたい。そのような方に、在宅医療を担当している医師としてどう関わっているのかということ。   それから、霞ヶ関中央病院というのは介護保険の病棟がありますので、そこのショートステイ等を痴呆の方にご利用いただいたり、こちらからサービスがお伺いしている中で、どのような工夫をしているか、というような現場の話をしていただこうというように思っています。   よろしくお願いします。

基調講演III 痴呆高齢者とどう関わるか〜在宅診療編〜

スライド資料(PDF形式)

齊藤克子

皆様、こんにちは。齊藤でございます。どぎまぎとしております。

 では、用意してきました原稿ですが、一生懸命考えましたので読ませていただきます。  

 私の普段感じている在宅痴呆高齢者の現状からお話しします。  

日本の要介護高齢者のほぼ半数は、何らかの介護や支援を必要とする痴呆のある高齢者といわれています。在宅では、医師によるきちんとした診断を受けていない方も多く、さらに専門医の診断となると、ごく限られた方しか受けていません。病院へ連れていくのも一苦労といった場合に、訪問して診察してくれる専門医がいればいいのですが、少ないのが現状です。そのために、家族の理解もなく、本人も不安や混乱のため、家族内の人間関係が悪化する場合があります。  

 痴呆の方は、環境変化になかなかなじめず、新しいサービスを導入しようとしても難しく、また徘徊があると、受け入れ可能な施設が制限されてきます。他の合併症があって治療が必要な場合は、受け入れてくれる病院も制限されてしまいます。  

 在宅で痴呆高齢者を見ることは、何と言っても家族の介護負担が大きくなります。負担感が大きくなるのには、幾つかの要素があります。   

 まず、家族の痴呆に関する知識と理解が不十分である場合です。そうすると、なぜ簡単なことが分からないのか、どうしてすぐ忘れるのか、なぜ自分のことができないのか、というように痴呆を病気として受容ができず、家族のほうがイライラして精神的に不安定になる場合があります。いまだに恥ずかしいといった思いの方もいて、出かけさせることができない。「近所の人に知られたら」と思って、誰に相談しようと悩む方もいるようです。  

 高齢化・核家族化によって、いわゆる老老介護の方が増えています。痴呆を理解する力や受け止める力が乏しくなり、介護保険のシステムやサービスの理解・判断力も落ちている場合があります。介護者自身の体力低下や持病を抱えている場合も、しばしば見受けられます。  

 いろいろなことを理解し、体力もあり、介護を続けている方でも、問題行動が続くと、「こんなことがいつまで続くのか」という先の見えない不安感が募り、負担感がぐっと強くなる時期もあります。  

 このような現状を踏まえて、痴呆高齢者が最も落ち着いた状態で過ごすことができるはずの在宅での生活を長続きさせるため、わたしたちの経験と目指すものをお話しします。  

 まず、病状を正確に把握することです。痴呆の診断をきちんと受けていただき、その程度を知り、これまでの経過を見直すと共に今後の予測をしっかりと立て、わたしたちはご家族にそれを説明します。専門医のアドバイスにより内服薬が必要なら、その状態に合わせて少量から使用します。そして経過をしっかり観察し、内服薬の調整などをしていきます。糖尿病や心疾患といった他の身体合併症は、早期発見し、早期治療を心がけます。  

 本人の混乱をきたさないようにするには、なるべく入院しないで在宅でできる検査や治療を優先し、判断に困った場合も、まずは専門医に相談しアドバイスをもらって、可能な限り在宅で治療します。  

 介護者のフォローアップは最も重要であり、介護負担の軽減を図ることが、痴呆高齢者本人にとっても大事なことです。それにはまず、介護サービスの有効活用が挙げられます。  

 デイケアやデイサービスといった通所サービスは、刺激になり、閉じこもりや寝たきりを予防して、社会性の維持にもつながります。定期的に利用することは、生活が規則的にもなります。  

 ショートステイは、介護者の休息のためには最も利用したいサービスですが、本人は混乱し、一時的に痴呆症状が悪化し、帰宅したあとかえって手が掛かる場合がありますので、定期利用によりリズムを作って慣れていくことが必要です。  

 通所サービスで慣れた施設を利用することもいいと思います。通所サービスもショートステイも送迎が問題になることがありますが、始めのうちは家族の送迎にしたり、迎えに行くスタッフをなじみの人にしたり、身支度や送り出しに慣れたホームへルパーを利用することもいいでしょう。  

 訪問系のサービスを利用して家事や介護を任せ、その時間、介護者は別の場所で休息することも可能です。  

 精神面のフォローも必要であり、それは、痴呆という病気を正しく理解できるように説明すること。問題行動というのは一生は続かず、いつかは落ち着いていくことなどを話します。他の家族や親族が時々介護を代わってくれればいいのですが、無理な場合も、介護者の大変さを理解して声を掛けてくれるだけでも気分的には違うはずです。  

 ご本人のため、介護者のために、介護サービスを上手に取り入れていくことは大切なことですが、その際にわたしたちが気を付けていることは、介護者のニーズや本人の状況を的確につかむことです。

 そのためには、ケアマネジャーとの関わりが重要であり、医学的な情報を分かりやすく提供し、そしてケアマネジャーからの情報を大事にして様々な状況を理解していきます。  

 ケアカンファレンスやサービス担当者会議には、医師も積極的に参加する努力をしています。利用者と介護者の気持ちを皆で聞くことができる。意思統一が図りやすい。サービスの頻度やケア内容の調整がしやすい。サービス利用開始後の連携がとりやすくなる。医師も参加することにより、医学的な情報が共有できるなど、結果的に得られるものが大きいのです。自分の予定が合わず参加できない場合は、あらかじめケアマネジャーと打ち合わせをし、自分の意見や聞きたいことを伝えておくようにしています。  

 ここで、私の法人の紹介をさせていただきます。医療法人真正会は、埼玉県川越市にあり、ご覧のとおり、二つの病院、二つの診療所、トレーニングセンター、あとは在宅系のサービスがあります。特別養護老人ホームも、一昨年12月に近隣に移転してきました。  

 「老人にも明日がある」を設立理念とし、「医療の原点は福祉である」、「地域なくして医療は成り立たない」ことを常に念頭に置いた上で、リハビリテーションと在宅サービスの充実を図ってきました。  

 平成2年に訪問医療を開始し、始めは二つの病院を退院された方を中心に診ていました。徐々に外来や他院からのご紹介の方も増えて、現在までに約900名の方を診てきました。昨年5月には、訪問診療中心のクリニックとして独立し、主に内科と皮膚科の訪問診察を行っています。平成16年1月末現在、利用者107名中、痴呆性老人日常生活自立度II以上の方が47名。約44%です。そのほとんどの方が、通所サービスやショートステイを利用されています。  

 霞ヶ関中央病院は、86床の介護療養型医療施設です。介護保険のスタートと同時に、ショートステイの受け入れも始めました。 

 霞ヶ関南病院には、医療管理度の高い方、リハビリ評価やリハビリ継続の方の利用が中心ですが、痴呆の方の受け入れもしています。ただし、徘徊の激しい方は、建物の構造上、受け入れが難しい場合があります。  

 痴呆の方の利用目的は、介護者のレスパイトだけではなく、病院の機能を生かした内容になっています。痴呆の専門医による診察や評価、身体合併症の検査と治療、眼科や整形外科など他の専門外来の受診、リハビリ評価などです。  

 在宅介護支援センターでは、痴呆高齢者やその予備軍に対して独自の取り組みをしています。  

 (スライド)「ゲートボール」と書いてしまいましたが、グランドゴルフでした。グランドゴルフや料理教室、絵手紙などの創作を、閉じこもり予防教室として開催したり、地域の公民館や自治会館に出向いて、痴呆相談会を定期的に行っています。  

 痴呆相談会は、医師とソーシャルワーカーが対応していますが、その内容はさまざまで、「この頃、もの忘れがひどい。ほんとうに痴呆なのか」、「問題行動があって困っているが、どこに相談して、どんなサービスをどう使ったらいいか」、「すでにサービスも導入しているが、介護が長期間にわたり負担になっており、話を聞いてもらいたい」といった、痴呆の初期からベテラン介護者の方の相談まで、内容は多岐にわたっています。その内容によって、痴呆という病気の説明、介護保険の申請の説明、具体的なサービスの説明など、できるアドバイスをしています。お話をされ、それをこちらが聞くだけでも、少し晴れ晴れし、明るくなって帰られる方もいます。今年はさらに充実させて継続していく予定です。  

 以上のように、さまざまな取り組みをしていますが、在宅で、痴呆高齢者が生活し介護していくということは、並大抵なことではありません。在宅スタッフのチームでも、何年も検討し、いろいろなサービス利用を試行錯誤していても、いまだに介護者の負担軽減を図れない事例があるので、ご紹介します。  

 (スライド)N・Kさん。78歳の女性。平成10年頃から痴呆症状が出現。アルツハイマー型痴呆の診断を受けました。糖尿病や心疾患の合併症があって外出できないため受診が難しく、浮腫が強くなったのを期にやっと内科外来を受診されましたが、定期的な通院が困難で訪問医療開始となった方です。  

 介護者である1歳年上のご主人と二人暮しで、常にご主人と一緒でないと不安が強く離れられないため、ご主人の介護負担は相当なものでした。ご本人は、食事を取らなかったり、食べたことを忘れ、続けて同じものをたくさん食べることもあり、糖尿病が悪化しました。食事量が一定しないためインシュリンの使用も難しく、また心疾患の精査も試みましたが不穏となり中止。なんとか内服薬の調整をしながら経過を見ています。  

 デイサービスやショートステイも何度か試しましたが失敗し、そのうち介護者は介護疲れからめまいの発作が出現するようになり、本人を連れて個室に入院されたことも何度かありました。この入院を期に、都内に住む息子さんがご主人のみの介護は限界だということをやっと理解され、協力するようになりました。  

 (スライド)現在利用されているサービスは、このとおりです。始めは、食事が取れない、入浴しないというところから、ホームヘルパーを導入し、ご主人の負担軽減も兼ねて食事作りと食事介助を。そして、病状観察を含め、食事介助や入浴方法を指導する訪問看護師が入って協力するようになりました。訪問医療は継続していますが、平成12年より、息子さんの協力もあって、定期的に精神科の専門医を受診し、投薬も受けています。せめてご主人の家庭内での負担を少しでも軽減できるように配慮し、訪問サービスを導入し、ご主人にも訪問医療で診察や投薬をし、めまい発作など急なときにも対応できるようにしています。しかし、日々のほとんどの介護がご主人に集中し、介護も長期になって精神的な疲れも見られ、通所サービスやショートステイが利用できないままお二人とも高齢になって、負担はさらに大きくなっています。  

 多くの高齢者は、介護が必要になっても自宅で家族と共に不安のない生活を送りたいと考えています。不安や混乱の中にある痴呆高齢者にとって、フラストレーションのなるべく少ない生活を送ることで、痴呆の進行を遅らせたり、安定した状態で過ごすことができるはずです。  

 痴呆高齢者が自宅で過ごすことは、最もフラストレーションの少ない生活が送れるはずなのに、介護者の負担が大きくなり、本人と家族の人間関係が悪化してくると、自宅での生活がかなわなくなってしまうことも、しばしば見られることです。  

 介護者は、多くの無理をせず、完璧を求めず、自分の生活も大切にしながら痴呆高齢者と共に生活できるような援助を、わたしたち専門職がしていけたらと思っています。  

 高齢者はハッピー!介護者もハッピー!そうなると、私たちもハッピー!です。みんなでハッピーになりましょう。

司会 齊藤正身
 ありがとうございました。   在宅で見ていくのは、やはりかなり大変なことでして、相談相手が家族以外に一人でもいるかいないかで大きく違うということがあります。そのようなところで、医者が相談相手のような役割ができればいいなというのが、いつも実感として感じることです。   しかし、なかなかそうもいかない地域もあったり、場合もありますので、やはりそのようなことをもっと運動していかなければいけないかなというように、いつも痛感しているところです。

前へ ×閉じる 次へ
老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE