老人の専門医療を考える会 - 全国シンポジウム - 内容
第26回 『痴呆高齢者とどう関わるか
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基調講演T

司会 齊藤正身

 それでは、早速始めていきたいと思います。
 まず始めに、基調講演のTとして「痴呆性高齢者のQOL」クオリティー・オブ・ライフですね。生活の質。「―成年後見制度の活用を含めて―」という題で、青梅慶友病院副院長の斎藤正彦先生、よろしくお願いいたします。 
なお、講師の方々の略歴は2ページ、3ページに載っておりますので、改めての紹介は割愛させていただきます。
 それでは、よろしくお願いします。

基調講演T 痴呆性高齢者のQOL−成年後見制度の活用を含めて

スライド資料(PDF形式)
斎藤正彦

 ご紹介いただきました斎藤でございます。
 今日は、「痴呆性高齢者のQOL―成年後見制度の活用を含めて―」というテーマでお話を申し上げます。どちらも非常に広範な話で、話がまとまらなくなっても困りますし、2番目からのスピーカーの先生方のお話は患者様の生活の質ということに非常に深く関係したお話でございますので、私の話は成年後見制度を中心にして進めさせていただこうと思います。
 そうは申しましても、最初にわたくしどものスタンスと申しますか考え方について、お話申し上げようと思います。
 従来、痴呆性高齢者ということが論じられるときは、介護される人としてしか論じられないのです。
  今年、国際アルツハイマー協会という団体が主催する国際大会が京都で開かれますが、世界アルツハイマー協会の日本の支部の名前は、「ぼけ老人を抱える家族の会」です。私は、それは随分大きな違いだと思います。アルツハイマー協会には、アルツハイマーの患者さんがたくさん入っていらっしゃるのです。「ぼけ老人を抱える家族の会」というのは、非常にユニークで立派な活動をしている団体でありますから、私はそこの団体の悪口を言っているのではないのですが、その名前は、そろそろよしたほうがいいと思います。
 最近、わたくしどもの法人が持っておりますクリニックの患者様、アルツハイマーの患者様が、お一人テレビに出演して、奥様と二人で、「福祉ネットワーク」という番組で話をしてくださいました。その患者様は、ご自分でご自分の生き方を選んでいる。決して、その患者様は奥様に抱えられているわけではない。自分の足で歩いている。奥様だって自分より重い患者様を背負って歩いているわけではないので、まずそのような考え方から改めないといけないのだと思います。
 痴呆性高齢者のQOLは評価が難しいとよく言われます。それは自分で評価ができないからだというように言われていますが、本当にそうでしょうか。この会場には、非常に進行したアルツハイマーや血管性痴呆の患者様のお世話をしていらっしゃる病院や施設の方々、あるいは地域でそのようなお仕事をしていらっしゃる方がおりますので、「そうだ。自分では決められないのだ」とお思いになる方があるかもしれない。でも私は、結局のところ、命の質とか生活の質とかというものは、本人以外にはだれも分からないのではないかと思っています。   
 ですから、できる限りご本人がどう思っているかを考えるべきですし、分からなくなってしまったら、勝手にいろいろ評価尺度を作って「QOLの評価尺度が高いから、うちの病院の患者様はQOLが高い」とか「隣の病院は駄目だ」などと言っても始まらないのであって、分からないものは分からないということが大事なことだと思っております。
 最初に申し上げましたように、介護問題というものは、痴呆性高齢者の問題の一部にすぎないのであって、どれほど障害が重くなっても、患者様が一人の人間として生きていく主体として見守るということが重要であります。
 さて、そうは言っても、自分でいろいろなことを決めて生活していくことのできない患者様というのはたくさんいらっしゃるわけで、そのために幾つかの制度が用意されております。
 一つは、地域福祉権利擁護事業と呼ばれる事業でございます。これは、社会福祉協議会が援助を必要とするご本人と契約をして、日常的な金銭の管理、あるいは介護保険制度利用の援助をいたします。例えば、独り暮らしのお年寄りが通帳をすぐに無くしてしまう。銀行に行って、毎月毎月無くすたびに新しい通帳を作ってもらう。作ってもらうと別の通帳が押し入れから出てきて、どちらが本物か分からなくなる、というようなときに、それを預けて保管してもらうというような制度が、介護保険と前後して発足いたしました。
 この制度の特徴は、費用が安いということです。ただし、費用は安いですが、大きい資産の管理はできません。うちのマンションを管理してくれと言っても、それはできないのであります。
 当初、地域福祉権利擁護事業は、地域で生活をしていらっしゃる方だけを対象としておりましたが、いろいろな要望がございまして、現在では施設に入居していらっしゃる方に対してもこのようなことができるようになりました。例えば、独り暮らしの方が施設に入居してしまった。だれが銀行に行ってお金を下ろして病院に支払いをするのだ、福祉事務所にお金を払うのだ。あるいは、日用品を買うときにだれが世話をするのだ、という問題が出てまいりますが、地域福祉権利擁護事業を利用していただけば、そのようなことを援助できるという制度でございます。
 ただしこれは、1行目に書きましたように、社会福祉協議会とご本人の契約によってできる制度でございますので、契約する能力が無くなってしまったら使えません。実は、この契約をする能力を見定めるというのが、非常に重要なことであります。普通の、例えば家を買うとか家の修理をするという契約とこの契約とを比べれば、この契約に要する能力のほうが明らかに低くてよいのです。
 なぜかといいますと、一つは相手が社会福祉協議会だから、詐欺に遭って財産を取られるという心配はない。それから、してもらうことが限定的なこと。大きな財産を管理してもらうわけではありません。  
 それから、受けるサービスはもっぱらご本人のためになると推定されることですので、この契約に要する能力というのはかなり低く設定されております。独り暮らしをして、あるいは、お年寄りだけで生活していらっしゃるような方で、なんとかそのまま地域で生活できるような方ならば、大体、契約ができるような評価の方法を用いております。
 地域福祉権利擁護事業が極めてソフトなやり方で援助をしようというのに対して、もう少し財産が大きかったり強力な保護を必要とする方のための制度が、成年後見制度であります。
 2000年に、介護保険と全く同じ時期に、新しく発足いたしました成年後見制度の目玉の一つは、任意後見制度というものが導入されたことであります。任意後見制度というのは、将来に備えて自分で契約をする制度です。例えば、私がアルツハイマーだと診断された。私は、今のところ何でも自分で決められるが、1年後、2年後にどうなっているか分からない。だから、今のうちに、自分でこの人と決めた人や弁護士さんに、私の財産のこれだけを使ってケアをしてもらいたい、私の介護の方針というのはこのようなことだ、余計な延命措置をしないでもらいたいとか、独りで暮らすのが大変になったらさっさとこの病院に入れてもらいたいとか、あるいはこの施設に行きたいとか、そのようなことを具体的に指示しておきます。遺言書と同じように、公正証書を作って登記をしておきます。任意後見制度とは、そのような制度です。
 自分で選んだ人に、自分が決めた範囲の代理権を与えます。ただし、あとでほかの制度の時に出てきますが、任意後見制度では、取消権・同意権を与えることはできません。
 取消権・同意権というのは、例えば私が独り暮らしをしている。それで、ぼけてしまった。私は毎日毎日、何十万円もする羽布団を何組も買ってしまった。そのようなことを、あとから「それはなしですよ」というのを取消権といいます。
 しかし、そのような権限は任意後見人には与えられません。ですから、そのような保護はできないのですが、自分のものを使って自分の望むような老後を暮らすというためには有効な制度です。
 この制度は、能力が低下したあとに発行いたします。私がアルツハイマーであると診断されてもされなくてもいいのですが、私に身寄りが無かったり、身寄りが少なかったりしたとき、Aという弁護士にこれこれのことを頼むと言っておいたが、実際のところ私は自信がなくなってきた。この頃どうも人にだまされやすいとか、あの人に2回家賃を払ったかもしれないなどと心配になってきたら、家庭裁判所に行ってもいい。それから、頼まれる予定になっている人、契約を結んで私のアルツハイマーが進行したら後見人になりますという契約をしている人が、見ていてこれはおかしいと思ったら、家庭裁判所に行きます。家庭裁判所に行って、任意後見監督人というものを決めてもらいます。
 といいますのは、アルツハイマー病が進行してしまったら、私が頼んでおいた人が約束どおりに行ってくれるかどうか分からないわけです。私の頭がはっきりしている間は、「ああ、いいですよ。やりますよ」と言ってくれるが、私がアルツハイマーになってしまった途端、私の財産をたくさん取っておき、それを相続することばかり考えて、真面目に行ってくれないかもしれない。これは親族であった場合ですね。 
 それから、信頼する友人に頼んでおいたら、その友人が心変わりして、自分の会社が倒産しそうだから、私の財産からその穴埋めをしようということだって起こり得るわけです。そのような事が起こったとき、私は抗議ができない。なぜかというと私のアルツハイマー病は進行してしまっているから。そのために、家庭裁判所が任意後見監督人というのを決めます。
 この制度は、任意後見監督人が決まらないと発行できません。監督する人が決まって初めて、制度が動き出します。任意後見監督人は、後見人があらかじめ約束したとおり行っているかどうかを見てくれます。ただし、痴呆がどんどん進行していき、私が予測して「こうして、こうして、こうやってもらいたい」という範囲ではやりきれなくなったというようなときには、この制度は駄目になります。ですから、あらかじめ「このようにしたい」と自分で計画しておいたことを実行するという点については非常に大事な制度ですが、最後までこれでいけるかどうかは少し厳しいところがあります。
 これに対して公的後見制度というものがございます。公的後見制度というのは、なぜ公的かといいますと、家裁が選任して、家裁が権限を決めるからです。
 後見類型、保佐類型、補助類型という3つの類型があります。後見類型というのは、従来の禁治産と同じです。全く自分で自分の財産の管理や処分ができない人を対象にします。精神障害のためにですね。精神障害のために管理ができない人を後見類型。それから、重要な財産行為が自分ではできないのだが、だれかがつきっきりで、「お父さん、こうだよね。こうでこうでこうだから、こんな契約はできないね」というように説得すれば、なんとか合理的な結論に至れるというような人。常にだれかが付いていれば、重要な財産行為でも可能な程度の障害であれば、保佐類型というものを使います。最後の補助類型というものは、ときによって、場合によってはそのような援助を必要とするというような人たちを対象にしています。
 これらの公的後見人は、取消権・同意権というものと代理権という2つの権限を持っています。取消権・同意権というものは、先ほど申し上げたように、本人の契約をあとから取り消す権利です。例えば、シロアリ駆除の契約を私が結んでしまった。クーリングオフの時期を過ぎてしまった。過ぎてしまったあとで、この間行ったばかりだということが分かった。それを保佐人が、「私はこれに同意しない」というようにあとから言えば、裁判をしなくても自動的にその契約は無効になります。そのような制度です。
 ですから、独り暮らしをしていて一応のことはできる。けれども、どうも高い買い物をしてしまったり、家を売るとか売らないとか、そのようなことで人にだまされそうだったり、そのような人たちにとって、とても力強い権限です。
 それから代理権というものは、全く本人に代わって行えるということです。私の財産を、私の代理人は、あたかも私が行うように契約を結べる。不動産屋は、私を相手にするのではなく、私の代理人を相手にする。普通の代理人と違うのは、私が頼んで代理人になっているのではないということです。裁判所が「この人は私の不動産の管理について代理権を持っています」と決めているのだから、私が「嫌です」と言ってもそれは通用しないのです。
 それから、お年寄りの財産を処分してケアのマネジメントをしなければならない。どこかの施設に入るとか、お家があるのだけれど、その家には独りで住めない。そこにたくさんのマンパワーを導入するよりは、家を売って、どこかしかるべき施設に入ったほうがケアしやすいというようなとき、本人が同意しなくても代理人がそれをすることができます。詳しいことを申しますと、住んでいる場所を売ってしまうということについては簡単にはできないのですが、株券など、ほかの資産を売って、施設に入る準備をするというようなものが代理権です。後見・保佐・補助には、それぞれ一定の代理権・取消権が付けられます。
 この制度の利用を申請できるのは、本人、四親等以内の親族、検察官、任意後見人、公的後見人、および市区町村長です。新しい制度で加わったのは市区町村長で、これは、大きな街中で独り暮らしをしているお年寄りがいらして、しかも親身になって心配してくれる親族がいない。亡くなって遺産はもらいに行くけれど、世話は勝手にやってくれ、というような親族しかいないというときに、市区町村長が家庭裁判所に「この人の資産をこの人にために活用したい。ついては後見人を付けたい」というような申請ができるようになりました。
 本日は時間の都合で補助類型のご説明だけをしますが、補助類型というのは、今度の新しい成年後見制度で初めてできた制度であります。 
 従来、成年後見制度は、「後見太り」という言葉があるぐらいです。変な言葉ですが、後見人になった人が自分の相続分を増やすということがあるのです。兄弟で財産の取り合いなどがあるときに、お兄さんを出し抜いて次男が後見人になっておくと、次男はとりあえずお父さんが生きている間は、お父さんの財産を「お父さんのために」という名目が立てば活用できるわけですから、相続に対しても極めて有利になるわけです。そのために後見人のポストを取り合う。そこまで極端ではなくても、お父さんが有料老人ホームに入ったら家を売らなければならない。けれども、2、3年、十分な介護ができない所で我慢してもらうとか、特別養護老人ホームに入れば家を相続できるということだって起こるわけです。
 そのように、どちらかというと家庭の財産を守るという方向で使われていましたが、補助制度は、新しい時代に、たとえ精神に障害があっても、自分の財産を自分で使って、自分のために生活をしていこうという人を対象に作られた制度であります。
 後見保佐は、本人の同意がなくても、親族が家庭裁判所に行って申請できるのですが、補助制度については、本人が同意しなければ申請も受け付けてくれません。それから、この制度の補助人の同意権・取消権、および代理権は、すべて本人が同意した範囲で決められます。本人が同意して、例えば大きい口座の管理と不動産の管理については任せる。けれども月々入ってくる年金何十万円については自分が勝手に使うというようなことを決められます。このような制度を使えば、少し自信がなくなったかな、というようなお年寄りでも、独りで安全に生活することができます。
 それから、後見人には「身上配慮義務」というものがあるというように言われているのですが、今のところこれは非常に難しいのであります。特に今日は痴呆性高齢者のQOLというお話ですが、痴呆のお年寄りの医療行為に対する代諾の権限というのは、日本の法律ではどこにもないのです。自己決定ができなくなった人の同意書というものは、私は医者ですが、気軽に家族に頼みます。しかし家族には同意権はないのです。法律で定められた成年後見人にも同意権はないのです。 
 入院の手続きはできます。それは民事契約なのでできるのですが、いわゆるインフォームド・コンセントを与える権能というものは、日本の法律からは全く抜け落ちているのです。自分で決められなくなったら、だれも決められないのです。いろいろな医療機関で、痴呆があるために手術をしてもらえない患者さんがいる。痴呆があるために、助かるはずの治療をしてもらえない患者さんがいるのです。同意する人がいないから。だから、この問題は、やはり成年後見制度の中でなんとかしなければなりません。
 成年後見制度は、今のところ、大きな資産を管理することと身上配慮義務とをいっぺんに与えるということになっているのですが、例えば、信託銀行が私の後見人になったときに、信託銀行に介護保険の面倒を見てくれといってもそれはできないわけです。制度上は、今度の制度では、財産を管理する後見人と身上監護をする後見人を分けることができる。例えば、お年寄りが二人で暮らしていらして、おじいさんが痴呆である。おばあさんは、面倒は見たいのだけれども、財産の管理については自分も自信がないというようなときに、身上配慮に関する後見人は奥様がなる、財産の管理については何とか信託銀行がやる、というようなことも可能になっております。
 最後にまとめに代えて、最初のお話の繰り返しになりますが、痴呆性高齢者のクオリティー・オブ・ライフというものを判断するのは、私は基本的にはご本人以外にないのだと思います。だからこそ、可能な限りご本人がご自分の意思に従って自分で独立した生活を営んでいく。たとえそれが施設の中であろうと、病院の中であろうと、ご自分の意思に従ってできるだけ自立した生活をしていくという援助が非常に重要であります。
 しかし、実際には、現実の病気は進行していって本人が判断できない事態ということが起こってまいります。ここから先は、今日お集まりの一般の市民の方とか、あるいはこのようなサービスを利用していらっしゃる方にはあてはまらないことですが、私は自分への自戒のつもりで申し上げます。他人が見ていて分かることと分からないことというのを、はっきりと分けるべきであります。わたくしどもは往々にして、熱心になればなるほど、患者様のために、自分がケアをしている方のために、あたかも自分がすべてを背負えるような気分になります。 
 しかし、そのようなことは絶対にないのであって、人生の質だとか命の質だとかというものは、他人、おそらく家族でも分からないものであります。分からないことには首を突っ込まないという謙虚さが、最終的に痴呆のお年寄りの生活を豊かにするのだと私は思っております。
 以上です。ありがとうございました。

司会 齊藤正身

 ありがとうございました。斎藤さんのお話をお聞きしていて、「痴呆になってからは、確かに判断はできないなあ」と思いましたが、今のような成年後見制度のお話というのは、実は、痴呆になる前からもなかなか理解できにくいところで、難しい言葉もいっぱい出てきます。
ですが、本日のお話を聞いて、ある程度整理して、きちんと押さえておかなければいけないことではないか、ということを実感しました。

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