老人医療NEWS第134号
仕舞い支度
秋津鴻池病院 理事長 平井基陽

私が「老人の専門医療を考える会」に参加してから、四半世紀を迎えようとしています。最近は、耳が遠くなり、目も近視用のメガネを外して読み書きをしていますが、しっくりいかず、そのうえ根気も集中力も低下しつつあることを実感しています。

だけど、周囲の環境はものすごいスピードで変化しているように感じます。それも年を取ったせいでしょうか。最近、異常気象と呼ばれていますが、地球も温暖化に向かって一直線に進んでいます。医療・介護をめぐる環境変化も大変な方向にどんどん進んでいます。変化への先回りなど多大なエネルギーを要することを行うには、今の体力、精神力、頭の回転力では難しくなってきました。

自分の老いを自覚し始めて、先ずしたことは平成十年から引き受けていた時事通信社・厚生福祉の「打診」欄の定期的な執筆を平成二十二年でお断りしたことでした。編集長から「どこか身体の具合が悪いのでしょうか」と尋ねられ、「ネタが尽きました」と返事をしました。

最初のテーマは老人の専門医療を考える会の全国シンポ「老人病院と家族」の報告を兼ねて「共倒れにならないこと」を訴えました。そして最後となったテーマは「介護忌避」。これは当会の幹事会で印南先生にお聞きした社会的入院を題材に、こんな言葉もあると紹介したものです。

平成十九年十月二十六日号では現在老健局長の三浦公嗣さんが、かつて「現在のエスプリ」に書かれた「介護保険制度の導入は在宅医療の普及に向けた『Pointofnoreturn』であり、もはや政策的な選択肢としては在宅医療の普及定着しかないと考えるべきである」との文章を紹介しました。ちなみに、その時の私の原稿テーマは「終わりよければすべてよし」で、今後の在宅死に関する不安を私なりに述べたものでした。

老人の専門医療を考える会に初めて参加した時期は私が病院長に就任した年でもあり、われわれの病院ならびに附属施設は当会のプロダクトの一つだと思っています。私に当会への参加を勧めてくれた前理事長夫婦も私たちの病院で最期を迎えました。昨年、亡くなった義母は二か月ほどの入院生活でしたが、最初から最期までPT・OT・STによるリハビリテーションを毎日三単位、受けてもらいました。この二人をモデルに、私が当会で培った老人の専門医療をスタッフに対して直接伝える良い機会であったと思っています。

ここ数年、老いを実感するようになり、死も身近に感じられるようになりました。そろそろ、他人に迷惑が掛からないよう仕舞い支度に取り掛かろうと思っています。ところで、三週間後には奈良で開催されるNHKの認知症フォーラムに出演することになっています。その打ち合わせで訪ねてきたプロデューサーとは、肝心の筋書きに関することはそっちのけで、天本先生、大塚先生、吉岡先生そして老人の専門医療を考える会の話題で盛り上がりました。彼によると認知症の医療は老人の専門医療そのものだそうです。

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人材を集めるカギ?
西武川越病院 理事長 藤田龍一

今夏も豪雨による被害が全国各地であり、広島市では住宅地の山が崩れ、同時多発的に大規模な土石流が発生しました。多くの方が犠牲になられ、心から哀悼の意を表します。

暗い話題ばかりではなく、秋風とともに舞い込んできた話題が、全米オープンテニスにおける錦織圭選手の決勝進出でした。残念ながら優勝はできませんでしたが、表彰式での勝者を讃えるスピーチはすがすがしく、心を打たれました。錦織選手の快進撃の陰には、昨年コーチになったマイケル・チャン氏の影響があったようです。人との出会いにおいて、出会った後の人生が大きく変わることがある、と感じました。

私が父から院長を引き継いで二十四年目を迎えました。その間、千人を超える職員の入退職がありましたが、いったい幾人が当院に入職してから良い人生の方向に変わったと感じてくれているのか、ふと考えることがあります。企業は良い人材で業績が上がりますが、病院も同じです。しかしながら良い人材を集めることはなかなか大変で、なおかつ看護部門などの職員は恒久的に人手不足になりがちで、当院でも年中募集をかけています。このような慢性化した人手不足と言われる中で、良い人材を選択して入職していただくほど応募者数も多くないのもまた事実で、いかに退職者を少なく出来るかが当面の課題となっております。

ここ埼玉県では、数年前から介護福祉関係の施設事業所が急速に増え、看護師ばかりか介護職も不足気味です。特に当院のような病院勤務経験がある介護福祉士は人気があり、いわゆる引き抜きのような退職もありますが、大半は個人的な事情で退職されていきます。その中で、精神的に疲れてしまい退職せざるを得ない状況になっている、ということも事実としてございます。これは近年確実に増えていると感じます。雇用均等や多様な働き方を推進することは理想的ではありますが、一方で現場の業務形態は煩雑になり、心身の疲弊が起こりやすい状況にあるのではないかと思います。

心身の疲弊に大きく影響を及ぼしていることの一つに、職場内のコミュニケーションがうまく取れないことが挙げられます。「業務が忙しいのはいくらでも我慢できるのですが、人間関係が」と言う声を聞いたことがあります。職場のコミュニケーションを阻害する因子としては各種ハラスメントがあり、それには人格を否定する言葉が含まれます。当院では、部下を持った者はパワーハラスメントになるような言葉を言っていないか、態度をとっていないか、という研修を行っておりますが、勿論私にとっても他人事ではありません。

加えて、目立たないけれども一番恐ろしいハラスメントは、モラルハラスメントだと思います。モラルハラスメントとは、モラルによる精神的な暴力や嫌がらせのことで、これまでは単なる「いじめ」と言われていたものかもしれません。パワーハラスメントとは違い、全ての人が加害者になり得ます。行為のひとつひとつは一見些細なことであり、また、その行為が教育的指導などと区別がつきづらく、それがハラスメントだと、本人も、また周囲も、なかなか認識しづらいことが問題を潜在的にしています。目立たないとはいえ受けた本人の傷は大きいことが多く、このモラルハラスメントの原因をうまく組織から隔離していくことが、良い人材が集まるためのカギである、と思っているところです。

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今後の地域医療に思うこと
愛生会病院 理事長 三井慎也

昨年より大学病院・民間市中病院での勤務医を経て、父が設立した交雄会グループに本格的に足を踏み入れた。消化器内科を専門として急性期病院に勤務してきたが、専門に特化した医療も重要であるが、さらなる社会的貢献を考え、また自分自身が人生の折り返し地点を少し越えてきたというのが動機である。移動後真っ先に直面したことが、地域医療の疲弊と医師の偏在の問題であった。北海道は特に距離的な問題や冬期間の雪などの問題があり事態は深刻です。そんな最中、先輩医師の紹介を経て「老人の専門医療を考える会」の存在を知り入会致しました。

私共の交雄会グループは、北海道内に三病院、二介護老人保健施設、在宅介護事業所、認定こども園、薬品会社を運営し、全道で医療・介護・教育事業に携わっております。約八〇〇人の職員が日夜、地域に根差したより良いサービスの提供に努力しております。

愛生会病院はグループ三番目の病院として、一九八七年(昭和六十二年)に運営を開始し、旭川市内の基幹病院との連携を進め地域医療を担っており、病床機能は特殊疾患病棟として神経難病や重度意識障害を有する重症患者を受けもち、専門性の高い医療提供を行なっています。外来機能は、地域住民のプライマリーケアを担うため、一般内科・消化器内科・リハビリテーション科を中心に、専門外来では肝臓外来・排便障害(便秘)外来を開設しています。北海道の屋根といわれる大雪山渓の麓に程近い旭川市東旭川町に移転新築して十一年が経過しました。病院周囲は田園が広がり、晴れた日には大雪の山々を病室から望め、自然に恵まれた環境です。

さて、日本はこれから急速に少子高齢化が進み、団塊の世代すべてが後期高齢者になる二〇二五年に向かっています。国はこれに対して、社会保障制度改革の本格的な取り組みを開始しました。医療・介護の分野では、「誰もが、いつでも、どこでも受診可能」というものから「必要なときに、必要なところで」という概念の変更が求められ、病棟・病床の機能分化を推進するとともに、医療間連携のみならず、医療と介護の連携の強化も図り、「病院完結型」医療から「地域完結型」医療への変換も実行に移されつつあります。さらに、医療・介護・福祉に加えて生活支援などとの幅広い連携のもと「地域包括ケアシステム」の構築を目指そうとしています。

では、地方ではこのようなシステムが可能なのでしょうか。私共の病院では毎年八月の上旬に夏祭りを開催しています。盆踊り大会の太鼓の音が鳴り始めると、入所者の方々は太鼓の音に合わせてリズムをとったり、踊ったりしてとても楽しそうにしています。普段口にしないような屋台の焼き鳥や焼きそばを夢中になって食べています(詰まらせたりしないか内心ドキドキですが)。そういった光景を見る度に、やはりこの地域にはうちの施設が必要なんだということを痛感いたします。グループ病院のひとつに洞爺湖の南東岸に面し、有珠山・昭和新山という火山のある壮瞥(そうべつ)町にそうべつ温泉病院と老健施設プライムそうべつがあります。そちらでの夏祭りで最近特に思うことが、年々子供たちの数が少なくなっていることです。例外なくこの町でも少子高齢化・人口減少が進んでいるのです。聞くところによると、保育所は統廃合され中学校も統廃合の予定となっているようです。近隣の基幹病院は急性期医療撤退を余儀なくされ、距離的な問題も抱え「地域完結型」の医療が構築できるのでしょうか。

こんなことを日々考えながら診療・運営に携わっているわけですが、北海道の医療に対して真摯に取り組んでいきたいと思っておりますので、会の諸先輩方々には今後ともご指導・ご鞭撻の程、何卒宜しくお願い致します。

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確実な介護保険事業計画の立案
[アンテナ]

社会保障審議会介護給付費部会の議論も本格化し、介護保険制度は新しい段階に進むことになるだろう。

保険者である市町村は、来年四月からの介護保険事業計画の立案で右往左往しているように思う。中でも医療と介護の連携については、市や町の担当者から「どうやって進めれば良いのかわからない」という悲鳴が聞こえてくることがある。都道府県の医師会は、それなりに行政対応しているものの、郡市医師会では、何をどうしたらいいのかよく理解できていないケースが少なくない。介護保険や在宅医療を担当する理事の先生方であれば、何が課題となっているかは十分理解しているものの、医師会としてどうするのかといったことになると、意見がまとまらない。介護保険にまったく関心を示さない会員も少なくないので、どうしようもないといえば、それまでだ。

市や町の介護保険担当課も、郡市医師会に「こうしてもらいたい」と言ってくるわけでもない。だいたい市や町と、その地域の医師会との関係は、円滑かといわれれば、それほどがっちり連携できていないし、医師会としては、頼まれているので対応しているという程度の関係にすぎない場合が多いと思う。

市町村と医師会は、学童保健や公衆衛生活動で協力してきたことは確かだが、医療と介護の連携についてコラボレーションするとなると双方とも、考え直す必要があるのかもしれないと思う。なぜならば、地域包括ケアシステムの構築とか、その中での生活支援サービスの確保などといったことを、現実のものとすることは、大事業であり、行政のみではとうてい達成できないし、医師会の協力が前提になっていると考えられるからである。

この意味では、まず、医師会側も変わらなければならないが、市や町の担当者も変わらなければ、今後の医療や介護はどうにもならない。医療は、施設の認可や各種届出について、県か国の出先としか関係がない。介護報酬と関係ある医療機関であれば、国保連などと関係するものの、一切、介護保険と関係ない多くの医師会員は、そもそも市や町の介護保険担当者との接点すらない。

このような現状をどのように変えるのかということになれば、市や町に地域包括ケアの担当者を配置し、郡市医師会でも地域包括ケア担当理事を任命することからはじめないとならない。行政の保健師や地域包括支援センターの職員は、地域の問題について理解しているが、介護保険担当者が理解できていないということがあったり、縦割りの組織で、介護保険制度全体や地域包括ケアシステム全体の責任者が誰なのかわからないといったことさえある。

来年からの三年間の介護保険事業を決定してしまう介護保険事業計画は、きわめて重要なことである。この計画に組み込まれないことについては、三年間何もしないということになりかねない。ただ最重要課題は、サービス量の決定と介護保険料の設定にあることに変わりない。

しかし、今回の介護保険事業計画は、カネのこと以上に、だれが、いつ、どのように、どのようなシステムを構築するのかといったことを計画しなければならないはずである。地域包括ケア会議など、机上論で理想的なことを計画しても、実効性のない計画ではどうにもならないのである。

限られているとはいえ、まだ時間的余裕があるうちに、市や町は地域の医療や介護のサービス提供者との話し合いの場を設定する努力を重ねて欲しい。そして、各地域で活動してきた当会の会員施設からも、市や町の担当者に積極的に働きかけることが必要である。地域包括ケアシステムは、行政の職員も地域の医療従事者にも変革を求めていると思う。


* へんしゅう後記*

三〇年前に当会が設立された時代は、二十一世紀に向けて理想を掲げ突き進んだが、最近は、超高齢社会対策の制度を追うことで手一杯の感が否めない。どうする老人医療どうなる老人病院。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE