現場からの発言〈正論・異論〉
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老人医療NEWS第98号 |
食べないことにはわけがある−刻み食をなくそう−
現在、高齢者を取り巻く問題として『栄養改善』、『低栄養の予防』など、食のケア場面の改革が求められています。さて、私たちケアの現場では、本当に見た目も、味も美味しい食事を提供できているでしょうか。
美食家の先生が多い中、私は単なる食いしん坊です。そのためか、食事に非常に思い入れがあります。十数年前にふと目にした、まずそうな刻み食にショックを受けました。おりしも適時適温の制度改正もあったため、麻痺の方も自分で持つことができる日本で一番軽い保温食器はどこのメーカーかということを手始めに、「重度の状態の方に一口でもおいしい食事を出すこと、刻み食、ミキサー食をなくすこと」を切に願いつつ委託業者の変更や管理栄養士の増員、厨房の改装等の取り組みをして参りました。
そして、数年前から高齢者ソフト食を提供できるようになって来ました。高齢者ソフト食とは黒田留美子さんが発案された「嚥下障害がある方に安全でおいしい食事を食べていただく」ということを目的に開発された「しっかりと形があり、見た目に美味しそうで、口の中に取り込みやすく、歯や歯茎、唇や舌で咀嚼しやすく、口の中でまとまりやすく、喉の奥まで移送して飲み込みやすい」という特徴を持つ食事の形態です。
実は数年前、健康な方に刻み食をお見せしたところ、「これは鳥のえさでしょうか」と、本当に怪訝な顔をされました。どろどろとしたアメーバのようなミキサー食には思わず顔をゆがめ、「試食もイヤだ」と言われました。これが健康な人の普通の反応なのです。
今でも病院・施設では刻み食やミキサー食が提供されていますが、飲み込みや咀嚼の悪い方にとって、刻み食やミキサー食が適しているという明確な根拠はないとされています。反対に、刻み食が嚥下性肺炎を招くというエビデンスはいくつも報告されています。
ケアのプロとして、私たちが本当に提供しなければならない「食事」とはいったい、どのようなものなのか。『食べないことには理由がある』、そして「食事もケア」ということをチームで考え続けています。ご本人の食べたい気持ちを引き出す食事支援の仕方(いわゆる食事介助ですが「しょっかい」なんて略してほしくありません)とは、人を含めた周囲の環境、そして提供される食事そのものの見た目、香り、味付け、温度や食べやすさ、季節感や雰囲気、こういったものがすべて考慮されて始めておいしい食事になるのだと思います。
当院では食事を作る栄養スタッフだけでなく、看護・介護職、その他の専門職とともに、食のケアの向上に取り組み、今、ようやく刻み食ゼロになりました。まだまだミキサー食は無くすことが出来ませんし、いつも満点の食事が出るとは限りません。しかしスタッフが多職種で「食事」というものを考えるようになって来たと思っています。
本来、食事箋はもっと医師が責任を持つべきであり、「医師にも出来る食事への思い入れ」は、実は慢性期医療を担当する医師の特権ではないか?!と思うくらい食事ケアが好きです。老人の専門医療を考える会では食事を重視していらっしゃる病院が多いと伺っております。色々な食事の種類をこれから勉強させていただきたいと思います。(20/9)