現場からの発言〈正論・異論〉
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老人医療NEWS第88号 |
平成十八年七月に医療療養病床の診療報酬に医療区分が導入されて約六ヶ月が経過した。施行前より疑問点が多く、導入後の現場混乱は必至と考えていたが、予想以上の混乱となり、病棟・医局・事務間のドタバタ劇が続いたのは当院に限ったことではないはずである。我々は、たとえどんな制度であっても決められた通りに対処しなくてはならず、現場スタッフには医療・看護・介護業務以外の余計な労務を強いることになってしまった。既に六ヶ月が経過し、ある程度は体制が整ったものの前制度との基準があまりにも掛け離れていることに強い抵抗感があり、現場を歩き意見を聞いてみた。
最初に皆が声を揃えていうことは重度の肢体不自由者と重度の意識障害者が医療区分一に分類されてしまったことである。前制度では上記状態の患者様は特殊疾患療養病棟への入院対象となっており、人的基準も手厚く診療報酬上も通常の療養病床よりも高く評価されていた。医学上植物状態という言葉は馴染まないが、MDSでは昏睡状態として取り扱うことになっており、ハリソンの最新版でも「awake coma」として病態が説明されている。昏睡というからには深い意識障害が存在することを意味し、医学的な管理が必要であることは明白である。
不幸にもこのような病態で固定してしまった患者様を社会的入院と決めつけ、介護施設へ移すことなど現場では考えられない事柄である。また、このような病態に至るには基礎疾患や合併症が必ず存在しており再発予防を含めた医学的管理が必要であることはいうまでもない。
次に治療行為や処置に日数や回数制限を設けたことに戸惑いが集中していた。持続点滴は連続七日まで、喀痰吸引は一日八回以上、血糖検査は一日三回以上三日まで、せん妄治療は七日まで、嘔吐の処置は三日まで等と記されている。文字では理解できるが実症例に当てはめるとなると相当無理がある。何を基準に算出したのかも定かでなく、血糖検査や吸引回数に制限を設けるなど医学的にも到底理解することはできない。
また、高齢者の医療現場とは縁遠い難病について、スモン病が医療区分三で、筋ジストロフィー、ALS、MSを医療区分二としたことも理解し難い面がある。難病は難病として別に取り扱われるべき疾患であり、初期症状だけの軽症例が少なからず存在するはずである。
寝かせきり、点滴、検査づけの悪徳老人病院と呼ばれていた時から定額払いの介護力強化病院となり、過剰診療は高齢者医療の現場から完全に姿を消した。そして高齢者に相応しい療養環境・医療・介護体制が整った療養病床へと、概ね理想的な高齢者医療が提供できるようになったことで誰もが良い方向に推移してきたと評価していた矢先のことである。医療費削減・社会的入院排除を名目に、いままでの経緯を無視したとんでもない制度が導入されてしまったが、振り出しに戻るようなことは絶対に避けなければならない。
厚生労働省の思惑とは裏腹に療養病床再編論を境にして一般病棟への転換が増加している現状があり、今回の政策誘導の過ちに気づいてくれることを願うばかりである。残念ながら、理想に近づきつつあった高齢者の医療体制が再び遠のいてしまった感は否めないが、数年後に創設される後期高齢者医療制度に大いに期待したい。 (19/1)