こぼれ話

老人医療NEWS第87号

全人的医療の実践
青森慈恵会病院専務理事 丹野恒明

「全人的な医療」、「自立支援を目指す医療」というものを、急性期医療の世界の中で行うのはなかなか難しい。まずは疾病を治すことが優先であるからである。そして短縮しなければならない平均在院日数。医療事故に対するケア等々。忙しい時間の中で、とても患者さんの全体像を把握する余裕などない。もしあったとしても僅かである。そういう意味では慢性期医療を担ってきた療養病床の果たす役割は大きい。

この二十年と言っても良いと思うが、老人に対する医療の質は格段に向上した。薬漬け、点滴漬け、寝かせきりの医療は少なくなり、その人その人にあわせた医療が行われるようになってきたのは事実である。そして、老人ばかりでなく、障害を持った方々が、自立して生きようと言う意識を持てるよう努力してきた。

その結果、リハビリの世界は急激な進歩を遂げ、介護職や医療ソーシャルワーカーという専門職も定着し、成長して来ることが出来た。これらの流れは、老人の専門医療を考える会、日本療養病床協会の働きと共に、行政における利益誘導等の強力なバックアップがあったからこそであると感謝しているところである。

しかし、その行政が今回、医療区分という考え方を導入した。医療区分の低い方は医療を必要としないのだから病院に居る必要はないだろうという考え方とともに、これまで慢性期医療を担ってきた療養病床は削減して行こうという方向性に変わった。

「医療とは、病気を治すだけでなく、元気にしてこそなんぼ(いくら)」「病気がよくなっても、病院にいる患者さん達の顔を見てご覧。みんな病気の顔をして心配そうに生きている」「あれじゃ、まるで病人をつくっているだけじゃないか」「活き活きと元気に生きてもらってこそ、医療だ」と言ってきた。

幸いにして、我々の施設に入院している方、通っておられる方々が、元気になっていることは、確かである。「元気」というものは「元々の気、その人その人が元々持っている気」と書く。その元気を引き出す手伝いをすることは出来ても、その人その人が、それを呼び水として元気になっていくしかない。

しかし、この元気というものを、どう評価しそれをデータにどう表すか。それは難しい世界である。そのため、行政もそんな曖昧な世界には報酬はつけられないということなのだろう。

では、これまで我々が行ってきた「全人的医療」「自立支援」など、実際には目に見えない心の部分が多い医療は、これからどうなるのだろう。このままでは、我々が目指してきた医療は、無くなってしまうのではなかろうか。

いや、そんなことはない。幸いにして行政のお陰でここまで来ることが出来たのである。我々が自立するまで、こうして行政がサポートしてきてくれたのである。その間に、いろんな人間が育ってきた。より質の高い支援を目指せるところまで来たのである。

これからは、我々自身が自立し、本当に老人のための、障害者のための、そして病んでいる人達のための医療を確立していくことが大切なのだと思う。経済的には確かに苦しい部分もあるだろう。しかしながら、我々が、やりたいと思った医療、やってきた医療、すなわち全人的な、自立をサポートする医療は、現在、いろいろな方々に受け入れられている。

我々の行っている医療にはなによりもニーズがある。ニーズがある以上、この仕事は必ずやうまく行くのである。報酬もそのうち付いてくることであろう。諦めず、一歩一歩、この道を歩んで行きたいと思っている。 (18/11)
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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE