こぼれ話

老人医療NEWS第86号

オーストラリアからオランダへ
霞ケ関南病院理事長 齊藤正身

一九九二年十一月、初めて海外の医療福祉施設視察のチャンスがめぐってきた。行き先はオーストラリア。シドニー、メルボルン、バララット、そしてゴールドコーストという東海岸縦断の二週間の行程である。老人の専門医療を考える会の会員である理事長、病院長によるツアーで、このとき初めてビジネスクラスに乗ったこともあり、非常にリッチ?な大名旅行だったように記憶している。このときには、まさかオーストラリアが第二の故郷のような存在になるとは夢にも思わなかった。

しかし、それまでの人生の中でも、何か運命的なものを感じるオーストラリアとの接点があった。私が生れたのは、一九五六年で、この年、メルボルンでオリンピックが開催されている。上の妹が四年後のローマのときに生れ、それを両親がいつも自慢げに話していたので、メルボルンは身近な存在となった(因みに下の妹は東京オリンピックというわけにはいかず、埼玉国体の年に生れた)。小学校の夏休みの宿題では、紙粘土による創作で大陸を作ることになり、迷わずオーストラリア大陸を選んだ。その理由は非常に単純で、高い山がなく、国全体の形がシンプルだったからである。お陰でオーストラリアの国のイメージは、今も紙粘土で作った板の上の大陸である。

もう一つ忘れてならないのが、白豪主義という言葉である。若くて純粋だった頃、人種差別に対する異常な嫌悪感があり、その矛先が「南アフリカ」と「豪州」であった。特に「豪州」の「豪」の字が持つイメージが子供心にとても耐えられなく、こんな字を使う国に行ったら、日本人はきっと殺されてしまうと本当に信じていた時期があった。良いイメージばかりでなく、何か怖ささえ感じるダークなイメージもオーストラリアからは感じていたのである。

とにかく、最近十年間はオーストラリア以外の外国にはまったく行っていなかった。法人の職員研修もシドニー・タスマニアを中心に毎年開催し、すでに延べ一五〇名近いスタッフを連れて行っている。それほど私にとっては仕事の上でも癒しの場としても魅力的な国がオーストラリアであり、特にタスマニアのADARDS、Dr. John Toothからの「教え」は私にとっての宝物である。「教え」の一部を紹介しよう。

○スタッフの笑顔や励ましこそが回復を早める。

○リスクを持っていることもその人にとっては権利である。

○理解できなくてもコミュニケーションはとれる。

○スタッフの資格は問わない。重要なことは人柄や温かさ、そしてゆっくり動けることである。

○毎日悲しい想いをさせるのか、毎日楽しい気持ちにさせるのか、あなたはどちらが良いですか?

八月末に全国老人デイ・ケアの海外研修旅行の行き先をオーストラリアからオランダ・ベルギーに変更した。決してオーストラリアへの想いを捨てたわけではないが、医療保険・介護保険の改革や療養病床の行き詰まりに直面した今、何か自分の殻を破るチャンスを求めた結果である。オランダの奇跡(ダッチモデル)といわれるEUのお荷物から優等生へのドラスティックな変身と、数年前にリハビリテーションケア研究大会で知ったオランダの保健医療制度を実際に見てみたいという気持ちから小倉リハビリテーション病院の浜村先生に相談したことがオランダを研修先に選んだきっかけになった。

実際に行ってみた感想は、オーストラリアとはまったく違う次元の感動を得ることができた。ベルギーの文化も肌に合う。しつこい性格の私のことなので、おそらくこれから毎年のように訪問することになると思う。その理由は…改めて紹介する機会を作りたいと思っているので、乞うご期待! (18/9)
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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE