こぼれ話
老人医療NEWS第79号
A D R
福山記念病院理事長 藤井功

ADRと言う聞きなれない言葉があることを知ったのは、福山地区病院会の平成十七年六月の例会であった。このADRにたどり着くまでの経過を述べる。

今年の三月、福山市内の民間病院で、院長が意識のない七〇代女性患者を治療中、その家族全員の強い要望により装着している人工呼吸器を外し死亡させた。市医師会は、日本医師会が作った医師の職業倫理指針に照らして院長の行為は「院長一人で判断したことが問題」との見解を示した。すなわち倫理委員会を設置し、そこで検討し判断すべきであったとの結論である。しかし、この患者さんは、肺炎で入院され喀痰が多く気道確保の為に二日前に気管内挿管を行ったが、全身状態は極めて悪く人工呼吸を続けてもあと一〜二日の命であったそうだ。私はこの件に関しては倫理委員会で検討するなどの問題ではなく、インフォームドコンセントが不十分であったがためにマスコミの知ることとなった事件であったと考える。このような不自然で中途半端な治療は行うべきでなかったと考えている。

しかし倫理委員会の設置も検討に値するものであり、四月例会で議題に上がった。中小病院が個別に倫理委員会を設置することは難しいので、病院会として会員が自由に利用できる倫理委員会の設置を検討することとなった。その過程で多くの会員が現在必要としているのは倫理委員会だけではなく、医事紛争を早期に簡便に解決できる組織、手段であることが分かった。病院にとって医事紛争あるいはその一歩手前の事態は、いかに良い医療、介護を行っていても常に起こりうる可能性があり、それが悩みの種でもある。

福山市は広島県の東端に位置するため、ひとたび問題が生じたらその対策に1時間以上かけて西端の広島市にある県医師会まで、それも夜七時過ぎに出かけなければならず、その労力たるや並大抵なものではない。身近に相談できる手段があれば会員は大助かりである。そこで紹介されたのがADRであった。このADRとはいかなるものなのか。法務省司法法制部や社団法人日本商事仲裁協会のホームページなどで学んだ。

医事紛争にかかわらず紛争の最終的な解決は裁判におうところであるが、近年「裁判外紛争解決手続」と呼ばれる手法が注目されている。これが一般にADR(AlternativeDispute Resolution)と呼ばれている。ADRは「訴訟手続によらず民事上の紛争を解決しようとする紛争の当事者のため、公正な第三者が関与して、その解決を図る手続」と定義されている。

ADRには、裁判所が行う民事調停や、社団法人その他の民間団体が行う仲裁、調停なども全て含まれる。厳格な手続にのっとって行われる裁判に比べて、紛争分野に関する第三者の専門的な知見を反映して紛争の実情に即した迅速な解決を図るなど、柔軟な対応が可能であるという特徴がある。すなわち1.非公開性 2.柔軟性 3.専門性 4.迅速性・低廉性 5.国際性 などの特徴があげられる。第一六一回国会において「裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律」(いわゆるADR法)が可決され平成十六年十二月一日に公布された。厚生労働省にも医療ADRに関する委員会が設置されているとのことである。

我々は説明・理解・納得を基本に患者様の為の医療介護に努力しているが、何事にも不可抗力・不運・誤解は避けられない。このADRは我々医療提供側にとっても患者様にとっても有益な内容であると考えられる。今後、医療ADRについて専門家による講演を依頼するなど知識を蓄え、ADRを有効な手段として活用したい。 (17/7/31)
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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE