現場からの発言〈正論・異論〉
老人医療NEWS第71号
夢のある老人医療を
秋津鴻池病院院長 平井基陽

 直前の七十号で奥川さんから色々とご指摘をいただいた。もっともなことだと思いながら厳しい注文だとも思った。しかしながら、一方でわれわれの努力目標を提示していただいたと感謝している。私どもの療養病床も苦戦を強いられている。四十二名定床の約半数が経管栄養であり、このほど看護負担を軽減する目的で、パック入りの流動食を導入した。二十七名が個別リハビリを実施しているが、三ヶ月以上の入院患者も三十七名もいるといった現状がある。

 ところで、最近になって、やっと老人医療に関する話が、私と他の医師との間でかみ合ってきた。私どもの病院では医師の給料は年俸制を採用しており、毎年契約を結ぶやり方である。契約の折に私は「一人でもいいから、とても駄目だと思う老人を再生して家に帰してくれ」と言い続けている。一つひとつのケースの積み重ねが職員の士気を高めることにつながると思うようになってきた。

 先日も夜間せん妄のため、私が外来で診ていた両膝関節の置換手術を受けたパーキンソン病の高齢者が、家で背部の低温やけどを負い、食事もまったく摂らない状態で入院してこられた。内科主治医から嚥下障害が強いので胃ろうを造設したいと思うが、との相談を受けた。私は元来、胃ろうは口から少しでも食べることを前提にするべきであるとの考えをもっており、安易な一時しのぎの造設には反対である。この方の場合も二週間待ってほしいと内科医に伝え、とりあえず経鼻管栄養とした。そして、精神科医に嚥下障害の改善のためシチコリンの経静脈投与とリハビリの開始を指示した。

 この患者は十日ほどでチューブが抜け、回復期リハ病棟で歩行訓練を受けることになった。入院から約二ヶ月後、リハ訓練室で彼の姿をみた。二本杖で、歩行できるようになったと今まで見たことのない笑顔で語ってくれた。外来通院中は、ほとんど聞き取れないほどの小さな声だったが、そのときは二メートル離れても十分に分かった。感動の一瞬であった。手間ひまを掛ければなんとかなる。一人でも多くの職員に、やれば出来ることを体験してもらいたいと思う。

 今日も、身内の高齢者が急性の胆嚢炎で入院してきた。三日間の絶食と二十四時間の持続点滴だという。私は開口一番「トイレは自分で行けるように誘導する」ことを医師、看護に要請した。何でもかんでも「歩かせろ」ということばに以前は「そんな無茶な、いまは安静が必要です」と言っていた医師も、今では「ハイ、ハイ」と受け答えしてくれるようになった。

食べること、排泄することの自立を保つためには高度の医療・看護技術が必要である。特別養護老人ホーム・老人保健施設では出来ないことをするのが病院であると思っている。そのためには、当然のことながら看護・介護・リハスタッフのヒトの確保が必要である。ゆとりのある老人医療をしたい。夢のある老人医療をしたい。利用者に感謝され、喜ばれる医療をしたい。しかしながら、あまりにも制約のある現実である。

 ところで、特別養護老人ホームも待機者が多く、老人保健施設にも最近増加していると聞く。特別養護老人ホームも老人保健施設も医療に関しては自ずと限界があり、療養病床の後方支援施設というわけにはいかないのが現実である。行き場を失った要介護老人増加の本質は、当会が結成された二十年前と同じである。どうする老人医療。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE