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老人医療NEWS第70号 |
平成十六年度の診療報酬改定が決まった。薬価一%減、診療プラスマイナス・ゼロということで、ごく小幅な改定である。特に、老人医療に関しては、ほとんど影響がない。ただ、老人医療に対して社会の関心がまったく低くなったわけではないが、小児医療や精神科医療、そして急性期病院への定額化に焦点が当てられているということであろう。
最近の介護保険制度や老人医療に関する各種の情報を集めてみると、どう考えても厚労省の老人医療に対する考え方は、明確なビジョンもないし、制度全体をどのようにするかといった腹も決まっていないように思う。リハビリテーションの充実、個室ユニットケア、新しい痴呆性高齢者ケアの創造など「二〇一五年の高齢者介護」で示された内容は、ひとつの考え方として理解できる。しかし、現実には、平成十六年度予算編成時において、介護保険財政の国庫負担が重くのしかかり、厚労省予算全体に影響を与えている。今後とも負担増が続くことから、制度を維持するだけでも大切である。
厚労省の介護制度改革本部は、その第一回会議から「制度の持続可能性」を強調し「給付費の抑制」「要支援・要介護一と二が大きく伸び財政に大きな影響がある」「在宅と施設との間の不公平感」「ホテルコストなどの利用者負担」などと、財政対策が色濃くなっている。
はっきりしていることは、サービスの質の向上、痴呆性高齢者対策やリハビリテーションの充実には、財源が必要であるということだ。ただ、財政難だからといって、サービスの質を低下させることも、低所得者がサービスを受給できなくなることも避けなければならない。そこで、介護予防を強化して、要支援と要介護度の低い層と高い層を二区分して、高い層にサービスを重点化しようと考えることになるのであろう。
ただし、これは単なる机上の財政対策である。長期間要介護四や五である人々が、要介護状態から改善することは、かなりの困難がある。むしろ、要介護一とか二あるいは三の人々を、四や五にしないということが大切である。確かに四や五という状態の人々のケアは人手がかかるが、重介護に資源を集中投下するのか、それとも、要介護度が高位に移行しないことに集中するのかといったことは、そう簡単に結論が出るわけではない。
医療保険での高齢者医療に対する関心の低下、介護保険制度の暗たんたる状況というはざまで、新しい高齢者医療制度の模索も続けられている。ただ、これも単なる机上論で、案としてはどのようにも考えられるが、あちらがたてば、こちらがたたない式の利害対立に対して、調整力が発揮できるような強力な制度改正案を描ける有能な人がいない。
医療保険の世界から、老人の長期療養の一部を介護保険制度に移行させたものを、ふたたび新しい制度に統合することが、どのくらいのエネルギーを必要とするのか、逆に医療保険が急性期医療に重点を移しつつある中で、慢性期の療養病床を大量に取り込むことが、医療保険制度改正の重荷になることについてのリスクをどのように考えるのかといったことを考え合わせれば、単なる財政論の次元からの机上論では、もはや新しい高齢者医療制度を創造することは不可能であると考えられる。
我々に、介護保険か医療保険か、それとも新しい高齢者医療制度かと問われれば、「新しい制度」と答える。しかし、その前提は、専門医療の実践の上に構築されることであり、質の向上が目的である。あまりにも財政論的視点からの老人医療制度改革では、遠くもみえないばかりか、足元さえみえなくなってしまうことだけは避けて欲しい。