こぼれ話
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老人医療NEWS第67号 |
「先生、わたしゃァ はよう死にてぇがなァ(先生、私は早く死にたいですよ)。」
もう十年ほどになるが、柴田病院でのある日、回診の途中八十四歳のおばあさん(Nさん)に突然話しかけられ、淋しそうにニコッと笑われました。小柄で色白の丸顔で笑顔のすごくかわいらしいおばあさんでした。三年ほど前から入院しておられ、ほとんど寝たきり状態の方でした。いつもの回診のときは「いかがですか」とたずねると「おかげさまで」と答えられニコッとすてきな笑顔をみせられていたのです。
「人の世話にばァなって、迷惑ばァかけてもうはようお迎えがこんかなァ(人の世話ばかりになって、迷惑ばかりかけて、早くお迎えが来ないかなァ)」といってニコッと笑われたのでした。
「Nさん何いってるんですか、Nさん、あなたのその笑顔を見るのが楽しみで回診に来てるのですよ。看護婦さんたちもみんな、いつもそういって喜んでいますよ」というと、
「ああそうかな、これでええかな(ああそうですか、これでいいのですかね)」といって明るい笑顔をみせられました。
それから一年半Nさんは生きながらえられましたが、いつものように愛らしい笑顔をみせながら二度と死にたいといわれませんでした。
長い間寝たきりで自分は人のために何もできず、周囲の人達の世話になるばかりだ、そんな自分を心苦しく思い、つらく、また希望もなく、生きる目標も生きがいもなくなって
いたのでしょう。
しかし、自分の笑顔で周囲の人達が喜んでくれていることを知り、こんな自分でも人のためになっていることに気づいたこと、また自分の存在をみんなにしっかりと認めてもらえていることを知った喜びで、今生きていることに意義をみいだすこともでき、それまでの不安、不満、悲しみ、孤独感なども消え、新しい生きがいとなり、その後を生き生きとすごされたのでしょう。
いくらお金をもっても、物をもっても、もっともっとほしくなり、欲望はふくれあがり満足することはありません。しかし人のためにつくし、喜んでもらえ感謝されたときほど自分の心が満たされ大きな喜びを感じることはありません。
充実した介護によって、日常生活動作の不自由さを支え、不安、不満、悲しみ、ねたみなどないより安楽な日々を送ってもらい、いつも笑顔をもって接することにより、一層明るく、前向きに一日一日を大切にすごしてもらうことになり、自然治癒力は増強され、病気を克服することができるでしょう。充実した介護こそが医療の原点なのです。自然治癒力が弱ければ医師がいくら治療をほどこしても病気はなかなか快方に向かわないでしょう。自然治癒力を高めるためにも明るい笑顔で接し、優しい言葉をかける日常の看護、介護を忘れずに努めることが大切に思われます。
医療のあるべき姿を求める哲学もなく、ただ保険財政中心志向の保険制度にふりまわされ、一方アメリカ式の現代医療にみられるように病気はやっつけてしまえ、病原菌は殺してしまえ、といった攻撃的な治療ばかりでは納得できません。自らの力で、自然治癒力で病をのりこえる。ガンとも共存しながら安楽に自然死を迎える。そんな医療もあっていいのではないでしょうか。
今年の四月に柴田病院は次の世代に完全にゆずり、私は新しく自然治癒力を高める医療、統合医療を求めて、アーユルヴェーダ(インド伝承医学)を中心とした種々の代替療法を施す、保険制度に縛られない自由診療のクリニックを新倉敷駅々前ではじめました。まさにゼロからのスタート。次の理想を求めて。(元医療法人柴田病院理事長)