こぼれ話
老人医療NEWS第66号
団塊の世代と高齢者の文化
大宮共立病院 漆原彰 

わが国が高齢国としてスタートしたのが1970年、そして2002年3月末の全人口に対する65歳以上の高齢者の比率が18・5%、なんと約30年で11・5%も上昇している。これは、政府が予想を何度上方修正しても追いつかなかった数値である。

 予想を違えたのは、高齢者の延命に比べ出生率が予想以上に低下したことにある。高齢化社会の初期には、その進捗は高齢者の増加に拠っていた。しかし、1995年以降様相が変った。若者の人口が猛烈な勢いで減少し始めたからである。

 これまで、わが国の歴史の中で若者が最も多かったのは、戦後生まれのいわゆる団塊の世代が成人を迎えた60年代の後半で、当時の20歳人口は240万人台が数年間続いた。90年代に入って、94年には団塊ジュニアの206万人が成人した。この時が日本で若者の多い最後の年だったが、合計特殊出生率はおよそ4・5人からなんと2・0人と急激に減少している。同じ94年の新生児数は118万5千人で、その後も減少し続けている。

 生まれた子供がみな元気に成人を迎えたとしても20年後は半分以下に減ってしまう。しかも、今後はわが国が無制限な移民受け入れ政策でも取らなければ、出生数の回復で大きな期待は出来ないと考えられている。つまり、高齢者人口は30年で11・5%増加し、成人する若者は同じ30年で50%以上減少することになる。

 この人口構造の変化が、わが国の経済、文化、社会に極めて大きな影響を与え、今、最も大きな問題として論じられている。戦後長い間、日本の経済や社会の発展は若い世代を中心に回復成長してきた。人口構造の点で絶対数の多い世代は人口比率に比べてはるかに大きな需要や文化形成への影響力をもつ。

 今後数年で最も絶対数の多いその団塊の世代が、高齢者の仲間入りをする。この世代は、競争意識を持ち、一時のわが国を支え、他世代からは期待と時には恐怖さえもって見られて来た。幼少時代から青年期、そして現役で働く年代を通してある意味での文化を形成し、そして今の時代に各界のリーダーとして座る人も多い。不確実さを増してはいるものの社会保障制度に支えられて、確実に自分達の高齢者文化を生み出していくと言われている。

 高齢者の文化は、若者文化ほど華やかではない。未来志向の騒々しさはなく、今を楽しむ極めて現実的思考に変っていくはずである。それぞれの個人が知識や経験もあり蓄積を持っている。ましてや皆が中流意識、平等主義を持ちながらも、個人個人が多様化した選択性の幅を広げ、自分で探し、自分で決めるべきものと知っているのである。

 職場に従属し、そこでの人間関係を中心とした職場思考型社会の人間から、各個人の好みを重視して自らが納得できる人間関係を楽しむように変っている。求めるもの、それは生活の快適性や物事に対する納得性なのであろう。

 高齢者医療や福祉の社会では、一足先に少子高齢社会への対応が求められてきた。しかし、対応は後追いだけしてニーズに追いついているとは言い難い。そして、今の高齢者は、自分の老後や健康不安に対して心構えも準備もないまま現在を迎え、新たな人間関係を作れず社会から離れ、さらに、最小単位の社会ともいうべき家族からも離れた存在になろうとしている。我々は日頃、自らの意志で選択することに慣れていない、そんな患者さんや利用者に接しているように思えてならない。

 団塊の世代を代表とする新しい時代の高齢者が続々参入してくるのを目前にして、我々医療や福祉に求められているものをいかに変化させていくのか考える時でもある。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE