現場からの発言〈正論・異論〉
老人医療NEWS第67号
個室浴の取り組み
光風園病院総婦長・中尾郁子

 年を追うごとに感じるのは、高まったケアの質の背景にある医療従事者の意識の変化である。それというのは、患者さんの尊厳性の重視やプライバシーの保持に対する考え方が、権利・義務というよりも、むしろ自分が受けるとするならばこうありたい、このようにしてほしいという具合に、より具体的で価値の高いものとなったと感じるからである。

 例えば、入浴についていうと、効率性や衛生面にばかり捉われていた頃に比べると、今は、患者さんの満足度に置き換え、自分ならばどのような入浴設備と対応を望むかといった風に変化している。日本人の文化の象徴ともいえる入浴に対する議論は、むしろこれからといった感じがしている。

 当院もこの度、入浴設備の大幅な見直しを行った。歳をとって障害を負った時、どのようなお風呂になら入りたいと思うだろうか、痴呆になって物事の判断が難しくなった時、大勢でざわざわと気ぜわしい浴室で不安なく裸になることができるだろうか、とケアに対する考え方が変化したのが大きな理由である。

 最初に見直しを行ったのは、重度の認知障害と問題行動のある痴呆患者さんをケアする四十床の病棟である。病棟フロア内に脱衣室も含め個室とし、一人ひとりの患者さんにゆっくりと個別に対応することができる二つの浴室を装備した。

 入浴を個室化する前後のタイムスタディを行った結果、全体の時間は、ほぼ同じであった。更衣・移送などの外回りにかかる時間は二〜三分の短縮が得られ、対応するスタッフの人数も五人から三人へと減らすことができた。逆に洗身や浴槽内の時間は九分から十二分と長くなり、浴室が小さくなった分、導線も動きやすく、ゆっくり個別に対応することが可能となったことが判明した。

 患者さんの反応もよく、浴槽をごく当たり前にまたいだり、積極的に身体や顔を洗うなど、今までできなかった、あるいはできないと思っていたことができるという思わぬ発見もあった。何よりも大きな変化は、「入浴する」ということの認知がしやすくなったのか、落ち着いて、そして喜んで入浴を楽しむことができるようになったことである。

 スタッフに行ったアンケート調査によると、新しい入浴体制を全員が支持していた。「身体的負担はむしろ軽く、対応もスムーズとなりプライバシーの保持がしやすくなった」「一人の患者さんにのみ向き合えばよいため落ち着いて対応でき事故が減った」などの意見が得られた。

 そして、五十床のリハビリテーション対象病棟でも今月新たに個室浴三室が完成した。患者さんの反応としては、できることは自分でするという自立心が高まり、健側を使って、髪を洗うなどスタッフを驚かせた。また同時に、入浴設備によってここまでの変化があるのかと、スタッフの教育的効果へもつなげられた。

 これからの入浴に対する考え方は、ただ清潔にするための手段としてのみ考えるのではなく、それ以上の価値あるものとして、現場スタッフの確固としたビジョンが必要である。病院の入浴のあり方が今後どうなっていくのか楽しみである。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE