現場からの発言〈正論・異論〉
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老人医療NEWS第65号 |
最近リスクマネジメントについての論議が盛んである。特に減算の対象になるなどと言えば正に泥縄式に何とか帳尻をあわそうとすることになる。現実には形だけでもとにかく対応せざるを得ないと思っている人たちもいる。しかし実効ある対策でなければならないし、いくら完璧なマニュアルを作って職員に叱咤激励しても、決して事故はゼロにはならない。いろいろな対策については他著におまかせするとして私は少し違う視点でこの問題を捉えてみたい。
ヒヤリハット事故で多いのは転倒と誤嚥である。施設内を歩いていた入所者が転倒して骨折したような場合、どう考えるか。当然、歩ける要介護老人は自宅でいても、街でも、施設でもどこでも転倒するリスクはある。その危険を防ぐために何をすべきか考えると、歩くと危険だから抑制するか、常に誰かが介助に付いているしかない。自由にしていると常に歩行不安定なのだから歩けば転倒の可能性が強い。しかし、三対一のスタッフで二十四時間の一対一の介護は不可能である。どこまでが施設の責任であるかは難しい。
しかし、プロであるからには絶対に事故は起こしてはならないことを原理原則とすると、職員に過大な負担を強いることになる。プロといっても不可能なこともあることを認識しなければならない。転倒も誤嚥も施設でも自宅でも起きうる。たまたま施設で起こると「施設が悪い」となる。こういう論だと、昔、他の疾患で入院中の患者さんが脳出血になったとき、患者さんのご家族が「入院しているのに、脳出血になるとはどういうことか!賠償してもらう」と言ったことを思い出した。その論から言えば、入院していさえすれば癌にもならないのだろうか。
明らかに他人が原因で起こる事故と、患者さん自らの原因に起因するものとは、どこかに線を引かなければ職員もたまったものではないだろう。施設での事故は起こらないにこしたことはないし、起こらないように努力したとはいえ、起きてしまったときそれを施設にいるからといってすべて施設の責任であると言われたのでは大変である。
ご家族もそのあたりを理解して問題にしない人と、理解しているけれども問題にする人と、理解せずに施設にいる間に起こった事故はすべて施設が賠償すべきだと思う人がいて施設もどこまでが免責かの判断に苦しむことも多い。苦情ということはサービス提供に対してのものであるから何か問題が起こった時に苦情が発生する。
産業界では現在は「クレームは最大の商売チャンスである」と言われている。クレームを無視する企業と、迅速に対処する企業との差は次第に大きくなると言われている。施設でも同じである。しかし、性善説的クレームと性悪説的クレームがあることも事実である。
介護保険では、利用者に対して重要事項の説明と、契約を定めている。契約書はふつう、甲と乙は平等である。しかし施設と利用者では弱い立場の利用者に有利にしてあることが多い。それはそれとして、性悪説的クレームのために施設側の免責は明記しておく方が良いと思われる。勿論いろいろな場合を想定しながら、私達は防ぎうる事故を限りなくゼロに近づける努力を惜しんではいけないことを前提としての話である。