こぼれ話
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老人医療NEWS第63号 |
某年某日、近所の民生委員から突然往診の依頼があった。七月末の酷暑の時期、近所のおばあさんが二日間家から出てこない、新聞も二日間郵便受けに残っているからみにきてほしいという依頼である。事情がよくわからないが一人暮らしらしい様子なので、ケースワーカーをつれて看護婦と三人で往診に行くことになった。件の家は締め切ってあって、どこからも入れそうにない。台所の窓が十センチほど開いていて背伸びをして覗いてみると何か人間らしい物体が見えるが呼んでも応答なく、かろうじて人一人入れる隙間から進入。
中は薄暗く強烈な暑さの中で異臭が漂っていた。診ると右片麻痺があり嘔吐、失禁、三八度発熱、呼名にかすかに目を開ける程度、肩や腰にはすでに褥瘡があり、二日間誰に気づかれることもなく、飲まず食わずで放置されていた様子が伺えた。民生委員は、入院が必要なら貴方の病院に頼みたいということで、救急車で当院に搬送し経管栄養を始め全介護の状態で入院していただいた。
このケースには後日談があり、要介護度が判明する一週間くらい前に、区役所の介護保険担当員から病院に電話があり、「この方の要介護度は3です。認定審査会の意見ではこんな重症を介護施設に入れるのはおかしい、一般病院に入れるべきである。介護療養型医療施設に入院することができるのなら、介護度は3でよいということになりました」と伝えてきた。この電話を聞いた病院側は釈然としなかった。
要介護度は認定審査会における二次判定の結果を被保険者に通知することによって、知り得るのではないだろうか、これまでに一度も事前に要介護度を通知してきたことなどないのに今回は何故だろうか、認定審査会の合議内容は非公開ではないのか、利用者が医療可能な介護施設を希望していれば、受け入れは当然ではないのか、また介護療養型医療施設は重医療と重介護を兼ねた利用者を受け入れることに社会的意義があり、自院の能力をこえた医療が必要な状態であれば他の医療施設に移送するなど、利用者の側にたったサービスを基本として運営されているはずである。さらに介護認定審査会では利用者のサービス選択に関して意見を述べることができ、サービス事業者は意見を尊重しなければならないとされているが、それによって介護度を変更することは有り得ないことである。
疑問に答えてもらうために某日、区役所を訪ねたが、担当者不在として答えを得ることができなかった。知りえたことは件の審査会は四人で開催され、一人の開業医と三人の非医師であったということである。意見は割れたが医師の強い意見と剣幕に押されて三人は黙ってしまい、介護度3になったということであった。病院側としては介護度を問題にしているのではなく、予め介護度を知らせたり、介護療養型医療施設の入院なら3でよいという認識を問いたかったのだが。
常々感じることではあるが、介護療養型医療施設の存在が社会全体に認知されていないもどかしさ、さらに医療の世界に身を置く一般病院や開業医の医師、看護師を始めとする各職種の方たちでも、十分に介護療養型医療施設を理解していない現実を、どうすればいいのか。介護療養型医療施設にいる私たちのこれまでの努力不足も指摘されるべきだし、また社会的に認知されるためには一部の施設だけではなく、全体として施設のグレードを上げていくことが必要であり、そのためには組織的な対応も必須であると考える。ちなみにこの患者様は、早期理学療法の甲斐あり徐々に改善、多少の跛行を残して身の回りのことは自立され、十ヶ月後に老健施設に移られた。