現場からの発言〈正論・異論〉
老人医療NEWS第62号
老人病院の食事について
湘南長寿園病院院長 松川フレディ

 老人病院に入院すると栄養不良になるという噂がある。大変失礼な噂と思っていたが、現実に自分の病院の患者さんの栄養状態を調べてみると、それは本当であった。これは何とかしなくてはと栄養問題に取り組んで数年になる。

 そんな中で、当院の食事メニューの中で行事食、かわり御飯(ばら寿しのようなもの)、レクリエーション食という3種類の食事の日の喫食率を調べて気がついたことが2、3あった。これら3種類の食事は年間で四十数回あったが、通常の日と比べて喫食率がよいのである。

 老人病院の食事というと柔らかく、食べやすく、味が薄い等評判はあまりよくない。というより歯の状態や病気との兼合いもあり、似たようなものが多くなりがちであろう。嗜好調査をすると『お刺身』『うなぎ』が人気があるが、季節によっては食中毒の心配もあり『お刺身』は難しい。七夕の短冊に『お寿しが食べたい』というのが多く見られ、毎月かわり御飯でばら寿しのようなものを取入れ喜ばれているようである。行事食によって初めて季節を感じる人もいるようで目と口が楽しそうである。

 長く入院している患者さんの中には『去年より美味しい』と昨年のことを憶えている人もいる。それより驚くことはレクリエーションに出される食べ物は焼き鳥、おでん、のり巻、焼きそば、おしるこ等様々であるが、どれも人気があり、歯の状態や日頃の食事状況では食べられそうもない人まで食べ、スタッフを驚かすことが珍しくないことである。『嬉しい』『懐かしい』『大好きな味』等よい反応が圧倒的であるため、事あるごとに行事食を行っている。刺激の少ない、あるいは退屈な入院生活を余儀なくされている患者さんにとってはしごく最もな反応である。言い変えればいくつになっても楽しめるのは食べ物位かもしれない。

 病院で提供される食事は医学的、栄養学的に充分吟味されたものでなければならないのは分かるが、美味しい、楽しい食事はそれらにまさるのではないか。栄養士は両方とも充分考えていると言うが…。

 年をとっていくと味覚は鈍くなり、味の濃いものを好みがちだ。塩分制限しているのに食事毎に、自分で持っている海苔の佃煮をお粥の上にたっぷりかけて食べているお年寄りは多い。この現実を見て、体に良い食事か食べたい食事か、どっちが大事かしばしば考えることがある。栄養士とよく議論はしたが、結論的に言えば、食べたくない食事は残食が多く、栄養不足になるので人気のないメニューは、外すことになっている。

 人には好みがある。歴史もある。その人なりの食事でここまで長生きしたのだ。それを変える必要はない。うすっぺらな学問や栄養学では解けない固有の理由があるのである。

 私は少なくともここ数年、厳格に食事制限を必要とする入院患者に会っていない。入院時『食べ物は自由ですからお好きな物を』ということにしている。こう書くと糖尿病はどうするという声が聞こえるようだが、高齢者の場合は厳格な血糖管理は行わない。空腹時二百以下なら、まあいいかという具合である。老人の習慣も変えたくないので、酒、たばこ、コーヒー、紅茶等も好み通りである。多くの要望に答えることは栄養士にとっては大変だと思うが、それ以上に得るものも多い。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE