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老人医療NEWS第60号 |
平成十四年度の診療報酬改定は、厳しいものであった。こまかい改定内容はともかくとして、社会的入院の解消と医療機関ベットの総量縮減、そして中小民間病院に対する介護シフトということが、厚労省の本音であるということが、よくわかる。
社会的入院の解消は、長年の検討項目であったことは確かであるが、一八〇日でスパッと切ろうという思い切りの良さは、それはそれなりにひとつの考え方であると思う。問題は、医療保険と介護保険の療養病床に何らかの区別を設定しようとする考え方自体に、現時点での現場感覚とのギャップが生じていることである。
最近になって明らかになってきたというより、多くの医療実践者がうすうす気づいているように、厚労省は介護保険制度施行以降の老人医療全体の展開について、なにもビジョンを持っていなかったことは明らかである。いろいろなアドバルーンを上げてみても、何も動かないし、介護保険制度の準備やその後の運営で疲れ果てて、新しく、元気のある政策を考えられない状態であろう。
ただ、病床の総量縮減という考え方は、もはや決定されており、あまり圧力はかけられないが、中小民間病院がドタバタと倒産して政治問題化しないようにするために、どうするのかを考えているに違いない。
どこでも、だれでも、いつでも最高の医療を受けられるのが理想だが、そのような国があるわけでもないし、そもそもの考え方にも差があるのが「普通の国」であると思う。ただ、明治以降の中央集権的、官僚統制国家という奇想から、わが国はいまだ自由になれないのは、あまりにも不幸なのではないであろうか。
国民一人当たりGDPは世界一位であるのにもかかわらず、国際的評価会社からは、国の信用度を半月ごとに引き下げられ、ついに日本国がこれらの民間会社にクレームを付けるということさえ起こっている。だいたい格付け会社などという集団を、国が相手にすること自体、ばかばかしい。
本当は「金はあるが、わかりにくいし、フェアーじゃないですね」といわれているのではないかと思う。
これまで失敗を重ねてきた医療制度改革は、民営化、自由化、規制緩和という三原則以外に選択がなくなってきていると正直に言われた方が、スッキリするし、対応方法を考えるエネルギーにもなる。しかし、「なんとかします、ご迷惑は最小限にしますから、しばらくお待ち下さい」といわれて、それを信じていたら、もっとひどいことになったということだけは、やめて欲しい。
低所得者に対する医療や介護について、国が責任を持って対応することは、当然のことであって、この責任すら放置するのでは話にならない。しかし、それ以外のことについて、なんでもかんでもルール作りを進め、医療全体をコントロールすることは行政にも無理だし、医師会にもできないことである。
サービスの売り手と買い手がいて、双方が最適な環境下で、適切な選択ができる社会が必要である。老人医療についても、まったく同様であると思う。われわれは、介護保険制度に反対したわけではないし、今後とも反対するつもりはないが、いわゆる介護シフトを進めるために、小出しの政策展開をするより、介護シフトが進むような最適な環境創りをすることを厚労省に願いたい。
病床の総量縮減が必要なことは、だれの目にも明らかであり、介護保険サービスの質的向上についても同様である。そうであるのであれば、一般病床から療養病床や転換型老健施設への誘導などということではなく、真に老人の専門医療を実践したい人々に、実践可能な人に、なんらかの方法で資源配分を多くすることの方がはるかにわかりやすいし、一般病床の総量縮減に寄与するはずだ。(14/5/31)