現場からの発言〈正論・異論〉
老人医療NEWS第60号
一通の事故報告書から
北中城若松病院院長 涌波敦子

 二月のある日、市町村から当院の介護保険病棟(痴呆療養病棟)で起こった転倒事故の事故報告書に対する質問書が届いた。

 『この転倒は疾患等による(防げなかった)ものなのか介護上の工夫による(防げた)ものなのか原因を解明せよ。「病棟入院時 に家族への説明は済み(転倒の危険性について)。入院後二度の転倒があり家族へその都度電話連絡、説明した」と記載ある が、入院後二度も転倒した事について施設側がどのように説明し家族がどのように理解したのか(略)基準省令にもあるように家 族に転倒の危険性の説明のみだけではなく、場合によっては損害賠償を行わなければならない。』

 今、冷静な頭で読み返してみると、役場には役場の立場があって、こう書かざるを得ないとも思えるが、当時は「現場も知らないで何を言っているのか?法定定数以上の職員を配置し抑制はずしに取り組んで、頑張っている職員にこれ以上どう工夫せよと言えるのか?徘徊の激しい痴呆性高齢者の転倒をすべて防げというのならまた身体拘束の悪幣に戻る。『抑制外し』の途上にある施設にこのような質問状が届いたなら、きっと不安に陥れてしまう。」とカーと頭に血がのぼってきてしまった。

 弱い立場にある家族を守ろうとする市町村の立場も気持ちもよく理解できる。しかし、まだ発展途上の介護保険制度や限られた資源(人、物、金)の中でより良い老人医療や介護を創りあげていくためには、家族、施設、そして行政が互いに信頼関係を築き手を取り合う事が必要なのではないか。被害者意識や批判、不信の中からは自己防衛のみが働き、良いケアは生まれないのではないか?

 介護保険法では保険者である市町村への事故報告書の提出が義務付けられているが、沖縄県ではその提出が非常に少ないと聞いている。事故がおきてしまった時、職員も管理者も落ち込んでいる。その中でなんとか次の事故を防ごうと事故報告書を書き、知恵を絞って検討するのだ。行政側もその気持ちを理解し、共に事故を防ごうという立場で言葉を選んで欲しい。市町村の対応次第では、事故は反対に隠され、事故防止は進まないのである。また、施設側も時には心が痛むあるいは頭に血が上るような対応を受けたとしてもきちんと事故報告を出し、他施設とも連携をとって、自己のケアを振り返っていきたい。そして、市町村と施設の連携の中で「施設内で防げない事故もあること(自立高齢者が自宅で転ぶ場合もある)」を御家族に理解してもらう事、そして御家族も変な遠慮をせず意見を言える環境をつくり上げていきたい。家族も蚊帳の内に入れるようなケアプラン作成を考えていきたい。一歩進んで考えるなら、(十分な職員教育をした上で)この法定定数の職員配置でどこまでのケアができる(望む)のか?身体抑制なしで転倒事故を最大限防ぐために赤字保険料からどこまで施設ケアにお金をかけられるのか?あるいは、自分達の望む介護を受けるためにどれだけの介護保険料の負担ができるか?このような事を市町村、施設、家族または国民が協力して検討する時期にきているのではないかと思う。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE