こぼれ話

老人医療NEWS第58号

マッチョ老人をめざしましょう! 〜筋トレ導入の効果と意義〜

霞ケ関南病院 院長 齊藤正身

介護予防や健康維持に目が向けられはじめた昨今、筋力トレーニング、いわゆる「障害をもった高齢者にもフィットネス」的な試みが欧米諸国を中心に普及してきている。従来のリハビリテーションでいえば、例えば「杖歩行可能となったので終了」であったものが、「横断歩道を早足で渡りたい」「雨の日も傘をさして散歩したい」「以前のようにテニスクラブに通いたい」などのQOLの向上を、自分で鍛えるという意識を持ち、トレーニングマシーンを使い筋力アップに努めることで目標(生きがい)を達成しようという試みである。わが国では「パワーリハビリテーション」と呼ばれ、この2月には研究会も立ち上がることになっているが、当院でも一昨年の末から導入して、多くの方々がその魅力にはまってしまい、外来診療時の第一声が、「今日は30キログラム持ち上げた」というような具合である。

昨年2月に訪れたシドニーのパルメイン病院でも偶然同様のプログラムがSTRONGMedicine(Strength Training, Rehabilitation and outreach to unidentified Needs in Geriatric medicine)という名称で、外来リハビリテーションの一環として行われていた。60〇歳以上の高齢者のエクササイズ・プログラムで、年をとることによって起こる疾病の予防に筋力アップを取り入れ、医学的な評価でその適応を決める。6つのマシーンを使い、専門職の評価だけでなく、本人は重さと大変さを簡単なスケールを用いて自己評価する方法である。目標の設定も容易で、「週2回の通院で1ヶ月後までに何をどのくらいまで持ち上げよう」という感じで、自分の意志で通い、自分で計画したプログラムをこなしていく姿は、まさに「自分で鍛える!」といったところであろう。適応者は、関節炎やうつ病、骨折の術後の方、パーキンソン病、肥満、食欲低下など、多種多彩であるが、特にうつ状態の人が体を動かすことによって身体的なものだけでなく、気分的にも前向きになっていく効果が、あるそうである。

日本に帰ってきてみると、当院でも目覚しい効果を上げている人が出てきた。くも膜下出血の術後で胃瘻造設して自宅復帰された要介護度Vの男性が、妻の献身的なかかわりと訪問・通所サービス、そして外来リハビリが功を奏し、1年後には経口摂取はもちろんのこと、杖歩行ができるところ(要介護度U)まで回復した。今までのリハビリメニューでは、ここで維持的なプログラムになっていくところであるが、ちょうど、パワーリハビリテーションのマシーンを導入した時期とも重なり、本人の夢である「テニスの壁打ちぐらいはできるようになりたい」を目標に筋力トレーニング(週2回)を開始した。まさかと思われるかもしれないが、現在、杖の代わりにゴルフクラブを抱えてゴルフの練習場に通えるまでになったのである。おそらく、今までであれば、杖歩行可能の段階で、私たちの仕事は一段落するところである。本当に自立した「楽しい」生活をおくるためには従来のリハビリテーションだけでは不十分であることを実感させられたケースである。

表題に掲げた「マッチョ老人」は大袈裟であっても、ADLの自立を最終目標にするようなケアが展開されている現状を考えると、「生活すること」「暮らすこと」「生きること」への本来の援助のあり方をもう一度考えてみてはいかがでしょうか。(14/1)

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE