現場からの発言〈正論・異論〉
老人医療NEWS第58号

訓練と転倒について

鶴巻温泉病院 院長 土田昌一

介護保険制度の発足で自立支援の実践が明文化され、一人一人の人権といいますか、意思の尊重というものが重視されてきております。また、介護保険を円滑に運営させることと在宅復帰を促し、住み慣れた地域での一連の医療支援環境の充実が、回復期リハビリテーション病棟の設立により、具体化されてきております。機能訓練重視のリハビリテーションから、個々の人の生活意識を尊重した人生の質を重視する医療へとリハビリテーションの内容が、ようやく是正されつつある状況かと思います。

高齢者医療費の事は、最近いろいろと取り沙汰されていますが、未だに高齢者医療費の標準化というものは、その兆しもないのが現状であると思います。エビデンスに基づいた治療体系がないことには、精神論だけの空虚なものとなっています。医療においては「流派」とかはあるべきではなく、冷静に謙虚に客観的事象を観察して、標準的治療プログラムがなされるべきでしょう。ケース・バイ・ケースだからこそ、その状態像の分析が客観的に行われて、そこから推察されるアウトカムを提示して、本人・家族に提示することが最低限必要ではないでしょうか?

最近、Exercise training for rehabilitation and secondary prevention falls in geriatric patients with a history of injurious falls(JAm Geriatr Soc49:10-20 2001)Arandomized trial of exercise programs among older individuals living in two long−term care facilities:The FallsFree program(JAm Soc49:859-8652001)という論文を勉強しました。75歳以上の女性で、危険な転倒を経験した基礎疾患のない人を対象に行われた訓練効果の評価についての論文と、施設入所者(平均84歳)の訓練効果についての論文です。前者は、通常の理学療法群とそれに加えて筋力増強訓練・静的動的バランス訓練を行った群とで分析されています。12週間の訓練を行い、終了時と終了後3カ月の2点で評価されています。下肢の筋力は2点時とも有意でした。歩行速度や俊敏さは訓練終了時には有意差は認められましたが、3ヵ月後には有意差は無かったようです。また、転倒頻度については2点時とも有意差はなく、転倒に対する恐怖感についても有意差はなかったとされています。

訓練して歩行速度は一時的に改善するが、転倒頻度は変わらない時期があるものの(ある意味ではとても危険な状況ですが、)訓練終了後の3ヵ月後には有意な効果がなかったとされたわけです。後者は、付添い歩行のみの群と太極拳を加えた筋力増強訓練などを中心とした群での比較がされていて、結論的には、どれも有意な効果がなく、転倒の頻度に変化はなかったそうです。「訓練すれば転倒を少なく出来るという効果はない訳でして、自立支援と称して訓練を行っている」ことについて、この論文の実効性はかなり気になるものです。

しかし、言いたいのは、日本においてもこのような多施設でこのようなEBMの実践を検証していくことが必要であり、標準化された高齢者医療の治療様式を今後検討していくのが、プロフェッショナル集団としての我々の仕事ではないでしょうか?ということです。(14/1)

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE