こぼれ話
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老人医療NEWS第53号 |
5年間に渡る米国での臨床研修を終えて4年3ヶ月ぶりに日本に帰国したのは平成12年7月2日のことでした。その後、鶴巻温泉病院にて勤務し、老人医療を行っています。
日米の医療現場で実際に患者を診てきて一番に感じる違いは、医療現場で何に主体がおかれているかということでした。その違いとは、日本では医師が患者そして他の医療スタッフに対して圧倒的に優位な立場に立って、ほとんどの場合、医師の独断で現場が動いているのに対して、米国ではチームで医療を行い、患者にいかによい医療サービスを提供できるかということに主体がおかれているという点でした。
老人医療においても何ら変わりはなく、その一つが老人医療における包括的な診断並びに治療であると思われます。アメリカではよく“comprehensive geriatric assessment”あるいは“geriatric evaluation and management”などと呼ばれています。これはどのようなものかといいますと、外来、入院、あるいは在宅医療において医師だけで患者の治療を行うのではなく、看護婦(士)、ソーシャルワーカー、理学療法士、作業療法士、言語療法士、薬剤師、あるいは栄養士などがチームになり、患者の疾患に対する治療のみならず社会的経済的背景も含めた点より医療サービスを提供していくというものです。
このようなサービスを受ける患者の多くは身体的あるいは精神的に脆弱になっている老人です。そのような脆弱な患者に対していかに良い生活の質(qualityoflife)を獲得してもらえるようどのような医療サービスを活用するのがよいのかを検討していくことになります。この際、チームで考えるのは、患者にある種の医療サービスを提供すればこのように患者の治療効果(outcome)を変えられるということが中心になります。逆に言えば“outcome”を変えられない医療サービスは無駄な医療とみなされ、実施してはいけないということになります。これは処方される薬の1つ1つについてまで検討されます。
例えば、老人医療(geriatric medicine)の専門外来に紹介されてくる患者を診る場合、先にも述べましたようなチームが問診、診察を行いその場でその患者さんの治療方針が疾患から見た医療ばかりでなく、社会的、そして介護の面からも検討されることになります。そこには当然のことのように医療費に対する検討も加えられます。そこで、患者、家族がその病気、病態を理解した上で最も自分達の希望に沿っていると思う医療サービスを受けられるように医療従事者は努力を重ねていくことになります。
このようにして外来で初診の患者さんを診るには少なくとも1人あたり数時間かけることになります。その結果はディクテーションされタイプされた後に必ず紹介医のもとへ送られることになります。そうしてプライマリーケアードクターと専門医の間に患者のケアに対するずれが生じないようになっています。米国では多くの臨床研究の結果からこのようなアプローチにより老人に特有な疾患、病態のみならず生活の質、医療費の抑制そして生命予後までも改善されることがあるという“evidence”が残されています。
昨今の日本の医療現場を取り巻く社会的な環境をみていますと、患者あるいは家族からの医療に対する要求は急激に変化しているように思えます。そのような要求に答えられない医療現場は今後淘汰されていく時期に日本も入ってきていると思われます。これかの老人医療を考える上で大切なのはそのような要求に答えられるよう医療現場の教育を含めた改革を行い、患者そして家族が医療の中心におかれるようなシステムを構築していくことが急務であるように思えます。 (13/3)