こぼれ話

老人医療NEWS第48号

釣り
湖東病院 院長 猿原孝行

新幹線で帰る時車窓に流れる茶畑がほのかに淡いやや黄色かかった緑に染まる頃になると、気持ちが浮き浮きしてくる。そろそろ魚釣りの季節が来るからである。昨年も一昨年も1回も釣り糸を垂れることなく過ごした。当院が、介護療養型への転換工事をしていたからである。工事の最中に釣りとは言え殺生な事は慎まねばならないと思い、海を見ながら諦めていた。

しかし今年は増改築の工事の計画もない。だから釣ってやろうと思っている。狙いは私の場合専らマダカである。マダカとは関西系の名前でスズキの小さいものの総称であり、地方によってはフッコウとも言うらしい。私はこのマダカ以外は殆ど手を出さない。一年を通してマダカ一本であり、釣り人としてはやや異質かと思う。

浜名湖は面積73.5平方キロメートルの大きな気水湖で100種類を超える魚が生息している。浜名湖はそんな魚の母親の役割をしていて、雑魚を育み大きくなって外海に出て生きて行けるまで、穏やかな湖内での成長を促している。従い、種類は多いものの大物は望めない。と、釣りの本には書いてある。

事実そのとおりで、湖内ではさして大きいと言われるものは釣れない。大物を狙うには、浜名湖が唯一太平洋と面する所へ行かねばならない。そこそこに育った、カレイ、ヒラメ、エビ、サヨリ等の雑魚が引潮に乗って、千切れた海草等の陰に身を潜め下りてくる。マダカはその時を待っている。その時とは、青葉が目に眩しい今頃なのだ。

マダカ釣りが好きな人が集まる喫茶店が市内にあって、そこでは2〜3月頃より伊勢湾でのセイゴの事が話題となる。セイゴとはマダカよりもっと小さいスズキの子で、その数が多いか少ないかで浜名湖での出口での一年の釣果が決まると言っても過言ではない。お分かりの事と思うが、スズキの多くは日本の沿岸部を回遊していて伊勢湾で生れたスズキの子は北上しながら、河川から流れ来る子魚を捕り大きくなって北上して行く。そんなわけで、浜名湖の出口は彼らにすれば、極上の餌場であるわけだ。釣り人にすれば餌場にたどりつく日を逆算する為に伊勢湾、特に伊良湖岬を出たセイゴの情報が必要になる。

今年はセイゴの育ちもまずまずとのことであり、太平洋には冷水域も無いと言うことだからたくさん釣れそうである。新しい竿も手元にある。後は逆算して想定した日が来るのを待つばかりだ。

釣れる場所は新幹線に乗っている人から見て、太平洋側に大きな浜名大橋がある。この下を浜名湖の今切れ口と呼んでいる。浜名湖が太平洋に大きく口を開けている場所で1498年の地震で陥没して太平洋と繋がった所と言われている。

大体この辺りの所を潮の流れに乗りながら小船で漂うようにして釣る。船頭と二人してひたすら糸を垂れるが、呼吸が合わないと上手く行かない。餌の付け方、重りの重さ、道糸の長さやポイントの選び方等どれ1つタイミングがずれても魚は釣れない。従い船頭と肌が合うかどうか?までの問題となってくる。

幸い私は船頭に恵まれている。十数年のつき合いになるが、無口な人で釣っている間は一言も交わさないこともある。釣りには静寂が必要なのだろう。

介護療養型へとこの2年走りに走ってきた。だから今年は静寂の中で過ごす時を持ちたいと思っている。(12/5)

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