老人医療NEWS第42号 |
「君たちは、急行列車に飛び乗ったようなものだ。介護保険の創設と老人保健の見直しという大事な仕事を緩むことなく進めるように。」と新課長への羽毛田局長の訓事で始まった老人保健福祉局老人保健課での仕事も2年が経った。
振り返ってみると、これらの2つの大きな課題は省を挙げての取組みの結果、法律として結実した。時間をかけた審議の末成立した介護保険法は、今、2000年4月の施行に向けて各方面で膨大な準備作業が急ピッチで進められている。また、老人保健法は、健康保険法等とともに激しい議論の末、昨年、今年と2年連続して改正がなされた(訪問指導の改正を含む。)この過程で2000年を目途とする医療保険制度の抜本改革が提起され、現在、新審議会を中心に検討が進められているのはご承知の通りである。この間、これらの課題を担う裏方の一員として機能してきた。
一方、一昨年の秋の不祥事には心を痛めた。直接、老人保健課の所管の施設ではなかったが、局、省一丸となって施設整備の再点検、見直しを行ったことは忘れられない。
老人保健施設と老人訪問看護事業所は、いずれも新ゴールドプランに沿って2000年に向けて整備を図っており、地域リハビリテーション体制の充実と合わせて介護の基礎となることから、診療報酬の手当てを含め特に力を入れた分野である。
老人診療報酬は、昨年、消費税率の引き上げがあったため、2年続けての改定となった。介護の報酬に連動するなど、2大課題に密接に関係する仕事である。健康手帳を用いた薬などの情報提供の推進、一般病棟における長期入院の是正、かかりつけ医機能の充実への取組み等、中医協での厳しい議論を経て実現できたことは大きな前進であった。
医療等以外の保健事業(いわゆるヘルス事業)は、これも2000年3月までの第3次8か年計画に続く次の計画策定へ向けて、検討を開始したところである。老人保健制度の抜本的見直しの中でも、寝たきり予防や痴呆への対応などは大切な基本的課題である。
この2年の間、会の皆様との交流から得られたことは多かった。社会での老人医療の存在がますます大きくなっていく時代である。老人への良質な医療の確立と普及こそ国民に期待されているということを心に銘記して、今後も努めていきたいと思う。会の皆様のさらなるご活躍を願っている。
折りたたむ...老人医療を変え、進歩させていく、手っ取りばやい1つの手法は、「縛らない医療、看護を実践すること」だと私は思っている。
縛らない老人医療、ケアを工夫していくことは、高齢な患者さんの残された人生をどう守ってあげられるのか、患者さん個々のQOLそのものを考えることと同じなのである。ベッドに縛ってまでもしなければならない治療とは何なのか。縛らなくても済む方法を考えることが、実はケアの本質であり、こういった一連の努力が、ケアの技術を進歩させるのだということは容易に理解されるだろう。
私は、1.起こす 2.食べる 3.排泄 4.清潔 5.良い刺激 といった5つの基本的ケアが抑制(縛ることよりもっと広い行動制限)を防ぐ、大きな条件だとも思っている。ケアが悪ければ結果として、安易な抑制が増えていくわけである。
また、それぞれ専門職としての患者さんの評価、特に自分では表現できない痴呆性老人には慎重な評価が求められる。それが、病院の役割・使命でもある。本人や家族への様々な説明や、討議も不可欠である。カンファレンスでの抑制をしないという前提条件で行われるディスカッションは、前向きであり、多くの創意や工夫を生み出していく。残された時間の少ない、個々の患者さんにとって大切なことが、それぞれ何なのかが明らかになってくる。
抑制を全くゼロにするということは限りのないことなので、私達の技術も、私達自身も成長し続けることができるのである。
折りたたむ...運動機能の障害については、従前の施設対応をバーションアップしながら「情報」を集積して行く。「情報」は、一つは現場で、より質の高いケアを創造するために使い、もう一つはサイバービジネス界と連携し、この領域の発展のために使いたい。
脳機能障害については施設を研究者のフィールドとして提供したい。本物の痴呆の知識を教えていただきながら、ケアを考えて行きたい。大きなテーマは痴呆の学習能力である。遺伝子工学や分子生物学の応用により、より優しいケアが構築できると期待している。
高齢者の対応については、「施設」か「在宅」かという議論を深めたい。「在宅」についてはややもすると、「住み慣れた…」と語られるのみで、分析的なものはほとんどない。あっても主な関心事が「経済的側面」に限られている。「これ以上社会を豊かにしてどうなる?これ以上何が欲しい?老後の不安解消とどっちを優先するべきか」などをもっと問い詰めて行きたい。
高齢者医療の将来像を具体的に描くことが当シリーズの主眼だろうが、戦後体験の整理が出来ていない戦中派、戦後派が続々顧客として現れ、このままでは適切なケアが提供できそうにないこと、迅速な対応の変換が要求されているのに、追いつかないこと、自分が考えている内容があまりに貧弱なこと等々、今は語る勇気がない。ただ、「科学万能」と言う「宗教」から早く脱会しなければならないとは思っている。
改革に向けて準備はするが、5年は待って欲しいというのが本音である。わからないことが多すぎる。
折りたたむ...8月22日、当会主催で表記の研修会が東京のダイヤモンドホテルにおいて開催され、約100名が参加した。褥瘡は痴呆、失禁と並んで老人医療における重要な課題であり、チーム医療を反映して参加者の職種は医師・看護職をはじめ、薬剤師、栄養士、理学療法士と多彩であった。
この研修会は、褥瘡に関する厚生科学研究班の班長であり、渓仁会会長(北海道大学名誉教授)の大浦武彦先生より当会に研究への協力依頼があったもので、老人の専門医療を考える会と介護療養型医療施設連絡協議会の会員に参加を呼び掛けて実施されたものである。
冒頭、老人の専門医療を考える会の大塚会長より挨拶があり、その中で研修会を開催するに至った経緯と褥瘡予防の重要性が述べられた。
つづいて、大浦先生による「褥瘡治療はトータルケアで」と題する講演があり、褥瘡の診断・治療・予防についての総論的な話が多数のスライドを提示しながら行われた。また、褥瘡の発生危険因子として「骨突出度」を挙げられ、今回の厚生科学研究班のテーマの1つであることが紹介された。
ついで、真田弘美先生(金沢大学医学部保健学科・助教授)が「褥瘡発生後の看護」と題する講演を行った。自身の研究をもとに、褥瘡発生の予測スケール(ブレーデンスケール)の説明と、これを適切に使うことによって予防が可能であることが述べられた。
さらに、スキンケアの方法、とりわけ体圧の分散方法について理論に裏打ちされたさまざまな工夫が紹介された。
最後に本研究のプロトコールの説明と、参加者に対する協力依頼があり、実りの多い研修会を終えた。
折りたたむ...去る7月16日、当会主催の第1回職員研修会が「抑制と骨折予防」をテーマに、29病院より65名の参加を得て開催された。
「抑制」も「骨折予防」もともに老人病院では、必ず直面する課題の1つといってよいが、両者の間には、密接な関連があることもまた事実である。今回の研修会ではワークショップ形式で、多方面にわたる討論がなされたが、関心は主に「抑制」に向けられた。
「抑制」についての明確な定義はないものの、実態からすれば、「物理的な手段を以って患者の行動を制限すること」であり、具体的な手段としては、ヒモや衣服、ベッド柵、車椅子のテーブル、等、多岐にわたる。しかし、どこまで「抑制」と認識しているかは、参加者の間に違いがあるように見えた。
また、抑制の目的としては、1.「医療行為の遂行のため」 2.患者本人の転倒等の事故を防ぐため 3.各種の問題行動防止のため、の3つが大きな理由として挙げられる。実施理由はいずれも、患者本人、あるいは、他の患者の不利益を防止するという大儀名分もあり、参加者全員が「抑制」を当然と考えているわけではないものの、現実の場面では、頻度や程度の差こそあれ、大半の病院で行われているのも事実である。
特に、医療行為の遂行のためについては、「抑制」をしてまで行われなければならない医療行為とは何かという疑問も提示された。2の事故防止とは、骨折予防との関連大である。転倒を予防しようとすれば、一番手っ取り早いのは、行動を制限し、寝たきりにすることだからである。1〜3とも人手をかければクリアできる部分が大きいことも確かであるが、関係者の意識改革と努力工夫による部分も少なくない。今後、さらに議論が深まることを期待したい。
折りたたむ...ドイツの社会民主党が総選挙で勝った。これで、社会民主党シュレーダー、英国労働党ブレア、そして民主党クリントンという布陣が完成した。1990年の世界リーダーは、共和党レーガン、保守党サッチャー、キリスト教民主・社会同盟コールといった保守3大巨頭であった。それが東西冷戦の終焉によって、世界の政治の針は左に傾いた。
「大砲かバターかではなく、パンかバターの問題だ」といったのはエンゲルスである。これを現代風にいえば「軍備か福祉かではなく、雇用、景気と生活の問題だ」ということになろう。つまり、経済不況、失業、生活上の困難が発生すれば、その時代の政権は崩壊せざるをえない状況となるといったことであろう。
だれがリーダーとなっても、この世紀末の混乱を乗り切るためには、相当の困難が予想される。そして、このような混乱は、当然、医療の世界にも影響を与える。
橋本前政権では、これまでの多額な国債発行により、その利払いなどだけでも、国家予算の2割以上という異常な状況では、財政構造の改革が必要であり、そのためには行政改革や社会保障制度の改革が必要であるという考え方は、当然視されていた。
しかし、実際の改革を進めるには、新たな負担を国民に強いることにならざるを得ない。それは、これまでのツケを放置すれば、将来の国家財政が立ち行かないという危機感でもある。それゆえ、平成9年医療保険改革に対して、被保険者である国民も事業主も医療機関も要請を受け入れたのであろう。
ただし、深刻な不況は、財政再建が先か景気対策かという新たな議論となり、政治のバネは16兆円の経済対策へと向かった。それは、新たな公債発行を意味しており、現在の経済対策のツケを将来に先送りするという決定に等しい。さらに、一度ゆるんだ財布の口は、金融機関への公的資金の投入という選択へと突き進んでいるのである。
このような経済対策や金融再生関連法案の評価は、いずれ明らかになることであるが、社会保障の縮減によって新たな財源を確保することには明らかに限界がある。社会保障の縮減の一方で、経済対策や金融再建を進めるという選択は、国民感情として合意を得ることができないという政治的判断がなされ、結局、社会保障費の縮減についても2年間先送りされることになったのである。
今、わが国の経済は混乱の渦中にある。医療保険制度をはじめとする社会保障制度は、このような混乱時には制度自体の財政危機を体験することになる。しかし、経済不況下の国民生活にとって、社会保障制度は重要な役割を担っている。医療費の増大と医療保険財政の悪化を放置すれば、いずれ医療保険制度自体が破綻することになる。
だが、介護保険制度はすでに創設され、医療費抑制を一層強化する気分に政治はなれないのである。経済的に苦しい時代であるのは確かだが、問題は老人専門医療の質をいかに向上させるかであろう。費用の問題だけで老人医療費の抑制を進めることは、世紀末の政治の風に立ち向かうことになってしまうことになる。
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