老人医療NEWS第129号
風向きは変わるか
坂梨ハートクリニック 理事長 坂梨俊彦

 福岡の医院火災は有床診療所(以下有床診)にスプリンクラー設置をはじめ、内在する問題点を明らかにした。有床診数の減少に歯止めがかからない状況の中で、在宅医療の低迷化の危惧さえもある。こうした問題点を当院の事情と日医総研平成二十三年度有床診療所現況調査(以下H二十三調査)を参考に述べたい。

 当院は午前は外来、午後は訪問診療を行う一般病床十九床の在宅療養支援診療所で、かかりつけ医機能を重視している。人工透析、六十四列CTによる専門医療も実施している。医師は常勤換算二・七名で、病床利用率は九十五・六%、在院日数は長期入院の透析患者五名を入れて二十二・六日(除外十九・七日)、平成二十五年十一月二十日の入院患者は、肺炎等急性感染症二、慢性心不全増悪一〇、がん終末期患者一、出血性胃潰瘍一名、入院透析五名と、急性期、亜急性期の患者が多く、直近一年の在宅看取りは七名、この期間の入院看取りは八名であった。

 当院は平成十三年竣工であるが、スプリンクラーはない。最良の防火対策は火元消火可能なスプリンクラーの導入であることは論を待たないが、厚生労働省単価二万三〇〇〇円/uを用いれば、当院建築面積一四〇〇uでは少なくとも二千万円以上は必要であろう。H二十三調査によれば有床診の経常利益の中央値六一五万円(平均値一五四四万円)であり、新たな費用を負担できる体力ある有床診はどの位あるのだろうか。

 配置人員はどうか。当院では病棟関係の看護師十一名、介護職七名、即ち一般病棟七対一看護の水準にある。当宿直看護職員は診療報酬上最高の二名(当一宿一)。また二十四時間看護要請に応えるべく待機看護師一名がおり、隣地に私が居住している。しかしそれでも緊急避難対応には自信が持てない。H二十三調査によれば、多くの有床診は夜間一人の看護師のみで、長期入院の患者も多く、当院以上に災害時への対応に苦慮しているものと思われる。また介護職員の診療報酬は、補助看護職員加算はなく、夜間配置加算のみで、一人分の人件費でしかない。入院基本料は当院でも一〇七九点で一般病棟十五対一の一三九五点の七十七%である。これでは夜間看護職員複数配置は望むべくもない。また夜勤が出来る看護師は奪い合いであり、給与改善や福利厚生、夜間託児所設置等の体力も必要だ。当院では平成二十年、厨房IH化を実施したが、こうした改善も多くの有床診では必要であろう。

 有床診は特に地方にあっては、かかりつけ医として、外来に加えて、急病に対応し、二十四時間体制の在宅医療の担い手であり、在宅生活を願う患者の受け皿として大切な機能を有している。こうした有床診に存在意義を認めた上で、経営基盤の充実のために、入院基本料の増額、看護補助職員加算の新設、スプリンクラー設置補助金新設が必要である。

今、風向きは変わりつつある?が、在宅医療の良き伴侶として、有床診を応援していただきたい。

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がんカフェ
信愛病院 理事長 桑名斉

 当院には一般病床、介護療養病床、緩和ケア病棟、回復期リハビリ病棟などあり、隣接敷地内には特別養護老人ホーム、有料老人ホームなどがある。がん治療の進歩にともない、どこでも、がんサバイバーは普通に見られるようになった。診療時間内では、がん患者や家族とゆったり話をする時間はなかなか取れないし、まして遺族と話す機会はもっと少ない。月一回の病棟茶話会や年一回の遺族会で遺族の気持ちをくむ努力はしているものの十分ではない。退院してしまうと、病院に足を運ぶことは少なくなるが、辛さは持ち続けている。そんな人たちのグリーフワークと、今まさに闘っているがんサバイバーが病院内ではなかなか本音を語れないでいることを考えて、院外でがんカフェを始めた。呼びかけは市の広報誌などで行っていて、当院の患者、家族、遺族も参加するが、他院に通院している人や、地域外からも参加する。始めてから十四回になるが、リピーターも含め回を追うごとに参加者が増えてきた。

 ある土曜の午後、駅前のビルの一室にポツリポツリと人が集まってくる。看板を見て一瞬ためらう人や確信をもって入ってくる人など様々である。部屋にはゆったりとしたBGMが流れていて、テーブルが三つ、四つ、飲み物とお菓子が置かれている。初めて訪れた人は緊張の面持ちで座る場所を探しているので、ボランティアスタッフが適当なテーブルに案内する。がんサバイバー、家族、遺族のテーブルに分けるが厳密ではなく、スタッフの判断で配置を決める。時間がくるとそれぞれのテーブルに分かれて座ったのを見計らって、司会が開始を告げる。テーブルごとにスタッフから簡単な自己紹介を始める。自己紹介が済むと、スタッフが自己紹介の中から話題を取り上げて話を進める。サバイバ―のテーブルでは、診断時の医師の説明、看護師の対応、治療の種類や疑問、不信、家族への想い、辛さ、将来への不安などが話される。家族のテーブルでは、サバイバー本人への接し方やもっと良い治療法はないかとか、患者の想いと自分の想いの違いについての悩みなどが話題になる。遺族のテーブルでは、治療への満足の程度や看取りに対する想い、残された悲しみなどが語られる。医師、看護師、介護士、リハビリスタッフ、心理療法士、音楽療法士などが参加するが、論評はできるだけ控える。なぜならば、今までに受けた治療あるいは今受けつつある治療の可否の判断をする医療相談の場ではないからだ。

 病気の性質上、涙なしでは語れないことも多く、時には家族に隠したままで悩んでいる方、親が子供のがんに直面している場合や家族を亡くした悲しみから立ち直れないでいる人など、内容は深刻である。普段、通院先でも近所でも家庭内でも話せないことが積もり積もっている人がいかに多いかが分かる。それぞれに過去の辛さ、今の辛さ、将来が見えない辛さを思っては涙しながら話す。参加した一番の理由は、今の想いを誰かに聞いてもらいたいということに尽きる。しかも、同じ体験をしたことが親近感を呼び、連帯感が芽生えて、共感し共感されることで辛い気持のいくらかは癒されるようだ。帰るころには笑顔が広がり、いつも終了時間をオーバーする。

 こうしたことは何もがんに限らず、非がん疾患であっても同じような辛さや悲しみがあるはずだ。

 次は、がん以外のカフェを立ち上げようと思う。

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老人の生活環境に関する一考察
霞ヶ関南病院 院長 伊藤功

当院の回復期リハ病棟では以前より、患者の自宅訪問を行っています。その目的は入院後一ヶ月間の改善状況から在宅復帰のためには更にどのような機能向上、日常生活動作の改善や、改修も含めた生活環境調整がどの程度必要かの評価と、今までどういう「家」での「暮らし」を、どのような「地域」でしてきたかという、その患者の「人となり」を知ることにあります。そのため入院当初から施設入所希望でも基本的には全員の自宅を訪問しています。また場合によっては施設側の協力を仰ぎ、入所していた、あるいは入所予定の施設にも訪問しています。

 訪問は、家族と、可能であれば患者本人とともに担当チーム(リハ職、看護・介護職、ソーシャルワーカー)で行いますが、医師は病棟専従で一人体制のため、なかなか同行する事が出来ません。そこで、毎週行われるカンファレンスの際に、写真での室内や自宅周辺などの生活環境の様子をチームスタッフの誰でもが供覧できるようにし、ディスカッションやケアプラン作成の資料にしています。特に回復期リハ病棟の入院患者のうち大腿骨近位部骨折等の運動器疾患の方の場合には、自宅で受傷したのであれば、どのような場所で転倒したか、転倒の要因になるような原因が生活環境になかったかという事も加えて見てきてもらっています。

 私も回復期リハ病棟専従医として毎年百件以上の自宅の写真を見てきました。当たり前の事ですが百人の患者がいれば百軒分の違う間取り、家具の配置、インテリア、トイレ、浴室環境等があるわけです。しかし写真をみているうちに気がついた事があります。それは多くの家で、玄関には玄関マット、お風呂にはバスマット、台所にはキッチンマット、そしてカーペット(場合によっては畳の上にカーペット)、中にはカーペットの上にキッチンマット、これらの二枚重ねなど、素材はいろいろなものだと思いますが本当に「敷物が多い」環境に暮らしている事がわかります。欧米と違い日本の場合は、靴を玄関で脱ぐ文化の中で日本家屋の中に洋風を取り入れた環境になっているからでしょうか。

 しかし、豊かな生活を彩るための生活雑貨が時として事故、特に転倒の要因になることは老人医療の現場では周知の事実です。洗濯や乾燥の繰り返しで、弛んでいたり、捲れていたり、重ねている事で微妙な段差が出来ていたり、これらにつまづいて転倒骨折した例は少なくないようです。何ら障がいのない場合はさほど気になりませんが、私たちが対象としている高齢患者の転倒の要因を考えるとき、私たち医療関係者はどちらかというと骨粗鬆症等の内的要因に目がいきがちですが、「敷物」の事だけではなく、家具の配置や照明の明るさ等の外的要因にも意識をはらうことが必要ではないでしょうか。高齢者夫婦あるいは高齢者単独世帯が増加にある現在、老人の安全な生活環境の確立は大変重要な事だと思います。

 当法人が毎年研修に訪れるオーストラリアでは、ニューサウスウェールズ州保険省の高齢者へのactive & healthy guide(http://www.activeandhealthy.nsw.gov.au)のホームページ内に生活環境に関する細かなhome safety check listがあり、NOをチェックすると自動的に推奨される対策が表示され、大変参考になります。普段、元気なときには全く問題とは感じなかった生活の場に危険がはらんでおり、身体機能の衰えた老人にとっては、「住みなれた」家が必ずしも「住みやすい」、「安全」な家とは限らないことを私たちはもう少し意識する必要があるのかもしれません。

 最後に。実は病室にも「敷物」を敷いていることがあります。それは患者さんの安全対策のために使っている「コールマット」です。弛んでいたり、捲れていたりして いませんか。

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建築費高騰の嵐は何時まで続くのか
[アンテナ]

 都市部を中心に建築費が高騰している。直接の原因は、東日本大震災にあるらしい。まず、建築材料費が高騰した。それと同時に、建設関係のあらゆる人手不足が深刻だ。東京都内の建築費は、大震災前の三割以上上昇した。最近では、五割増しでも応札業者がいないということもあるそうだ。

 少なくとも大震災前の十五年間は、建築費単価は、右肩下がりであった。国土交通省の公表によると建設業就業は、平成四年度から二十三年度までに二〇%減少したという。また、建設業就業者は、五十五歳以上が約三三%、二十九歳以下が約十二%と高齢化が進行しており、次世代への技術承継が大きな課題だ。

 建設業の需給関係は、完全に逆転した。全てが大震災の影響ではない。建設業就業者の減少と高齢化、建設技術者の相対的不足、公共事業圧縮によるインフラの老朽化、消費税の引き上げ、その上オリンピック招致で、当分、建築費は確実に上昇する気配がある。

 病院分野に目を移すと、平成二十二年と二十四年の急性期大病院への診療報酬実質引き上げにより、公的部門の病院の改築計画が目白押しになっている。特に、病床利用率が八〇%以下の公立・公的病院でさえ無謀というよりない改築計画を掲げている。実は、このことも建築費高騰の要因になっていると考えられる。診療報酬や介護報酬がこのような事態を正確に斟酌して大幅に引き上げられると言う状況にはない。病院建物の法定減価償却は三十九年である。高齢者を対象とする病院は、昭和四十八年の老人医療無料化以降開設されたものが多く、今後多くの病院が全面改築の時代を迎える。その上、昭和六〇年に、「医療施設の量的整備が全国的にほぼ達成されたことに伴い、医療資源の地域偏在の是正と医療施設の連携の推進を目指した」第一次医療法改正により、医療計画が導入された。この前後は、「駆け込増床の時代であった。それゆえ、今後十年以上は病院の全面改築ラッシュが続くことが予想できる。

 今、考えておかなければならないのは、今後確実に病院建築費が病院経営を圧迫することでる。その上、高齢者関連施設では、療養環境向上や防災対策強化という時代の要請がある。この先の三〇年間で、病床の個室化を含めた療養環境は、他施設との競争という面からみて大きく変化するはずである。それに伴い入院患者や入所者一人当たりの建築面積は広くならざるをえない。また、地震や火災などに対する防災計画も強化する必要がある。

 これから全面改築を迎える高齢者関連施設共通の問題として、今後は人口減とともに、前期高齢者人口減、その後、後期高齢者の絶対数の減少が起こる。これから四〇年後の人口構成は、現在とは全く別の人口構成となるのである。

 人口減や後期高齢者の減少と言う社会は、我々が四〇年前に現在を予想できなかったように、想像をはるかに超えたものになっているはずである。ここは、しっかり考えておかなければならない。その上、景気の回復は、いずれ借入金利の上昇と言う局面を迎えるはずである。このようなことを、つらつら考えると、今後の病院に対する再投資は、慎重にならざるをえない。

 ではどうするのか、少なくとも無理な再投資・資金調達には慎重でいるべきだ。このことは公的分野の病院も同様だろう。しかし、老朽化し狭隘化した施設では、地域での競争力をなくすことになる。それゆえ、今後は、経営のハンドリングが難しいことになる。

 そのため、地域内の競争力を強化する必要がある。このために我々は一層挑戦するという覚悟が必要だ。

* へんしゅう後記*平成二十六年四月の診療報酬改定の議論は佳境に入り、その一年後に迫る介護報酬改定に向けた議論も着々と進んでいる。当会では十二月に全国シンポジウムの開催を予定していたが、時機を待ち、改めて企画したいと考えている。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE