現場からの発言〈正論・異論〉
老人医療NEWS第93号

医療区分は見直しが必要

北中城若松病院院長 涌波淳子

来年四月で消失する特殊疾患療養病棟の院長回診の中で、「病状は、落ち着いています」という言葉を聞く。おそらくこの状態を「医療区分1」と称し、「在宅あるいは施設などへの退院も可能」と判定されているのだと思う。しかし、この方々のケアプランをよく見てみると、以下のような細やかなケアが要求されている。

「認知症の末期、重度の寝たきり状態。毎回の食事摂取時は、リクライニング車椅子にて離床。意識状態及び意欲をその都度確認し、嚥下状態が悪い時には、経口摂取を止め、経管栄養を行う」

「慢性心不全あり。容易に悪化しやすいので、日々、浮腫、呼吸状態、尿量と水分出納、酸素飽和度をチェックし、酸素投与の有無を検討し、医師への報告を行う」

「超高齢者。胃食道逆流により、誤嚥性肺炎を起こしやすい。経管栄養は、半固形とし、注入前には、胃内容物の確認。○以上だと経管栄養中止し、医師へ報告。注入時は、ベッドを三〇度にし、注入後一時間程度は、ベッドを上げておき、その後、下ろす」

医師の指示はもちろんであるが、看護介護の日々の細やかな観察とケア、そしてその連携によって、この方々は、発熱もせず、酸素の投与も避けることができ、安定しているのである。医療的にぎりぎりで生活されている方が、「肺炎」や「尿路感染」「嘔吐」「脱水」などを起こさないように医療やケアをマネジメントすることが、「慢性期の医療の目的」にも関わらず、評価の対象となる「医療区分」は『元々元気な方が、重度の疾患に罹り、一気に濃厚な治療をして落ち着いたら退院する』という、急性期型医療の視点から作られていると感じるのは私だけだろうか。

例えば、喀痰吸引一つをとっても、「一日八回以上の方」は、確かに看護師の手を濃厚に必要とするが、たとえ六回であっても、その吸引が「その方の状況に応じて、適宜必要」となると、訪問看護などのスポットの手では間に合わない。当院の状況を見てみると、吸引が頻回に必要な方は八回などではなく、一勤務帯で五回から六回、一日一五回にもなる。それ以下の方は、通常一日五回から六回に状況に応じて追加、日によっては、一〇回程度となる。人間の身体は、スケジュール通りにはいかない。この「不安定性」こそが、在宅や施設介護のネックになっている。

また、現実的には、「在宅で看られる医療レベル」と「施設で看られる医療レベル」は異なる。通常は、「在宅」のほうが「施設」より軽度の方しか看られないように思われるが、実際には、「在宅」は、家族または介護者が看ているという点で、素人ではあっても細やかに目が行き届くが、「施設」では、医療や介護に対する要求水準が高い上に、老健の夜間ともなれば、ナース一人で百名の高齢者を看なければならない現状がある。「経管栄養」も在宅では、ご家族が行う事ができるが、施設では医療行為は介護職員に許されず、少ない看護職員の業務となる。「在宅で看られるレベル」は、多くは家族の介護力に依存し、単に医療や介護のレベルだけでは、在宅復帰は語れない。

高齢者が安心して生活できるためには、医療の支えが必要である。「お金がない」という理由から医療費を削ろうとする国で、安心して生活できるだろうか。診療報酬改定まであと少し、国民が安心して老いることのできる国づくりを期待したい。
(19/11)
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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE