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老人医療NEWS第80号

認知症ケアと介護保険

ドイツの公的介護保険が施行されて十周年をむかえた今年、どんなことになっているのか訪問してみた。

わが国では、ドイツの介護保険がお手本になったということで、いろいろと紹介されてきたが、介護ケアの水準という面では、最先端という状況にないと思う。また、強固な保険制度ということで、さすがビスマルクの社会保険の伝統といっても、保険財政あっての保険という考え方が定着しているということである。 

ものの見方や考え方は、千差万別だが、ドイツという国から我々は多くのことを学んだ。学問も工業技術も優れているばかりか、医学、特に精神医療は、世界に大きく貢献した。

一九〇一年、フランクフルトの市立病院で医長を務めていたアイロス・アルツハイマーは、アウグステという婦人を診察した。それから九十三年後にロナルド・レーガン元大統領が自らがアルツハイマー病と公表して、友人に別れの手紙を書いた。今日では、世界中に三〜四千万人の患者がおり、大きな社会問題となっている。    

ドイツの公的介護保険は、当初、この認知症に対する適切なケアに取り組まなかったし、リハビリテーションについても「効果がなくなった人々に対するサービスとしての介護ケア」を考えていたように思う。

このことは、認知症こそが大問題だと考えてきたわが国とは対象的である。先進国の中では、比較的同居率が高いわが国では、認知症の問題が、他の国々よりも身近な事実として受け取られるようになったともいえる。ただ、現時点では、認知症のケアに関しては、改善の余地があまりにも多いことは、各国とも共通している。

わが国の介護保険法が「認知症」という用語を決定したことは、それなりに意味があると思う。ただし、呼び方を変更したからといって、ケアが向上したり、まして問題が解決されたわけではない。認知症に対しては、グループ・ホームが有効だということで急増されたが、質がピンキリで、グループ・ホームだけで全ての認知症に対応できるものでもない。また、今回の改正で、認知症の予防ということがクローズアップされたが、効果を科学的に証明できるかどうかが大きな課題である。

さて、ドイツの認知症ケアの現場をみて、わが国との大きな差として老年精神科医の存在がある。ドイツのナーシング・ホームに非常勤でも老年精神科医が関与していることで、それ自体がケアの質の向上にどの程度影響を与えているのかはわからない。しかし、認知症かどうかの診断判定に関与していることは確かである。

医療制度も介護保険制度もドイツとわが国では差があるのは当然だが、認知症という診断に老年精神科医が必ず関与するということは、とても大切なことである。というのは、アルツハイマー病は脳の病気であり、医師なら誰でも診断できるわけではないからである。

認知症であるか、ほかの病気であるかといったことも問題だが、あまり軽々に認知症だと誤診されてしまうことによって、本人にも家族にも将来的に不利益をこうむることがあるからだ。

介護保険は、自立を支援し、予防を優先する使命があるが、認知症の診断ということについては、老年精神科医も老年科医も制度に組み込まれていない。それは、老年精神科医が少ないとか、老年科という科ですら、各医学部にあるわけではないといったことに関係している。

われわれは、だから老年専門医とか、老年精神科医の育成が必要だと考えてきたのである。次回の制度見直しまでに、再度提言したい。(17/9)

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