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老人医療NEWS第107号

老人専門医療の精神

老人の専門医療を考える会が創設されてから二十七年間の時が過ぎた。老人保健法の成立過程において「老人病院は質が悪い算術病院だ」という大キャンペーンに対して「それはないだろう」という少数の医師が危機感をもって立ち上がったのが本会誕生のいきさつであった。

昔のこととはいえ、特例許可老人病院制度の実施は、精神病院における医師や看護職の特例を老人病院に応用する一方で、その特例の基準すら満たせない病院に対して特例許可外老人病院というレッテルを貼り、経済制裁を加えたのである。病院界は大混乱し、それを収拾するために老人保健施設制度が考えられ、そして介護力強化病院制度が生まれた。

その影で寝たきり老人や認知症の長期入院患者に対して、どのようなケアが行われれば良いのか、そもそも論として老人医療をどのように改善するのかといったグランド・デザインは示されず、単なる財政対策的政策がバッコした時代だ。

自主的な勉強会や海外の老人医療の視察、一般市民を対象としたシンポジウムや職員研修が暗中模索の状態で着手された。当時の厚生省の政策立案者もどうしたら良いのかわからず、地域医療を担当する各地区の医師会からも「老人医療はどうするのか」といった疑問の声はあったものの解決策はみつからなかった。そして、仲間であるはずの民間の一般病院からは「老人病院の医療は程度が低い」と酷評された。

老人患者に対して検査と与薬、注射と少ない人数の看護を提供しても、患者の状態が改善しないということがわかってきても、それではどうしたらよいのかわからなかった。老人入院患者に対してリハビリテーションやソーシャル・ワークの専門職員を投入するべきだという意見は、よく理解されたが、財政的裏付けもないし、理学療法士や作業療法士の養成人数は少なく、どのように人材を確保するかも大問題であった。

医療の提供といっても、老人の長期入院患者のケアには、生活面での適切な介護が必要なことについても、当然視されていたにもかかわらず、それらの生活上のケアを確保するには付添婦にたよらざるをえないお寒い状態であったのである。

あれから四半世紀がたった。主な創設メンバーは、世代交代の時代を迎えている。いまさら昔の物語を書いているのは、当会の創設以降の精神と活動成果を、第四代会長を中心として是非継承して欲しいと心から願うからである。

人間は結局、感情と勘定から自由になれない。豊かな老後、適切な老人医療、人権と尊厳が確保された上でのおだやかな死が社会的に提供されることが、次世代の発展のためにも必要であるという信念と、そのために老人専門医療を確立し、改善し続けることが我々の使命であるという精神が大切である。

老人専門医療の確立は、前人未到の大仕事であるし、老人医療に従事する一人ひとりが懸命に努力する目標であり、質の改善は、永遠の課題である。そのためには、当会の活動だけでは不十分であることは十分理解しているが、だれかがではなく我々が活動することに意味があると考えているのである。

高齢者介護は大きな社会問題であることはだれでも知っているが、老人専門医療が基盤として必要であると考える人は、どう考えても多数ではない。リハビリテーションの可能性が広がったり、おだやかな死がだれでも可能であるといったことを広く社会に認識して欲しいのである。

療養環境改良や栄養状態の改善、長期入院にならざるをえない老人に対する十分な心理・社会的サポートなどの面で、まだまだ我々の課題は大きい。少数の同志で挑戦したい。

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老人の専門医療を考える会 JAPAN ASSOCIATION FOR IMPROVING GERIATRIC MEDICINE