高齢者の終末期ケアのあり方について |
〜老人の専門医療を考える会の見解〜 |
老人の専門医療を考える会
2006年9月 |
はじめに |
「高齢者ケアは広義の終末期ケアである」と唱えることもあるほど、高齢者ケアに携わるすべての人々にとって終末期へのアプローチは最重要課題といえる。当会では、会員によるワークショップや一般の方も参加していただいたシンポジウム等で度々終末期ケアを取り上げ、終末期の定義からその具体的な対応まで様々な議論を尽くしてきた。基本は「どこで死ぬか」ではない。死に至るまでのプロセス、言い換えれば「最期までどのように生きるか」であると確信している。以下は現時点で当会が考える「終末期ケアへの対応」である。今後も議論を続け、国民と私たちサービス提供者との間で十分なコンセンサスを得るための「材料」になればと大きな期待を持ってここに提言する次第である。 |
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1.高齢者における「死に至るプロセス」においていかなるパターンがあるのか
池上教授が引用しているLynn and Adamsonの3つのパターンで考えるのがよい。
高齢者の終末期ケアのあり方を考える場合、終末期の原因疾患、状態像よりも、死に至るプロセスを念頭において、検討するのが適当である。
「死に至る三つのパターン」→図を参照
A)がん等:死亡の数週間前まで機能は保たれ、以後急速に低下
意識や認知能力は通常最後まで保たれる(本人の希望確認が可能)
B)心臓・肺・肝臓等の臓器不全:時々重症化しながら、長い期間にわたり機能は低下
増悪した症状は軽減されるが、元のレベルまで回復しない
(比較的早期の段階から本人の意向を確認することが可能)
C)老衰・認知症等:長い期間にわたり徐々に機能は低下
末期には食事を自分で摂取することができない
(本人の意思確認は一般に困難。家族の意向による) |
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2.パターンごとの対応と治療・ケアを受けるのにふさわしい場所
A)末期を明確に規定できることから、緩和ケア病棟、ホスピス。
B)医療管理が必要。リハビリテーションの態勢が整っている療養病床。
C)医療よりも介護重視。「生活の場」としての配慮がなされている療養病床。あるいは医療(看護を含めて)と密接な連携を行っている介護福祉施設。
すべての場合において、本人および介護にあたる家族が共に望めば、家庭(自宅)での終末期ケアが最適であろう。しかし、日本の現状ではサービス利用者および提供者の双方が満足のいくケアを行うためには多大の費用が掛かることも承知しておく必要がある。なお、現状においては、介護老人保健施設での終末期ケアの実施は、その機能から、想定できない。
終末期医療を目的に急性期病院にて治療を行うのは、高齢者のQOLを考えれば、患者・治療者共に不利益を蒙ることになるであろう。なぜならば、急性期病院では「救命と治療」が優先され、「生活の場」と「介護」に配慮されないのが原則だからである。
手術や特殊な治療を目的に一般病院(急性期病院)で治療を行う場合、後方病院(施設)と連携を図り、できるだけ早く急性期病院を退院すべきである。連携とは、多職種による高齢者の総合評価を実施し、適切なケアマネジメントを行うことである。 |
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3.高齢者の専門医療を行うための要件
@高齢者の総合評価を多職種で実施し、立案したケアプランに沿ってチームケアを実施すること。
A高齢者医療に携わる医師には
@.総合評価に基づいた全身管理ができる
A.リハビリテーション医療、老年精神医療、緩和医療の基礎知識を習得している
B.患者・家族に対して、十分なインフォームド・コンセントを得る技術がある
ことが求められる。 |
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4.長期療養施設における終末期医療(ケア)の実態
介護保険3施設の状況については池上論文(病院、vol65,No2,2006)に譲るが、老人の専門医療を考える会が1993年から当会および日本療養病床協会の会員病院を対象に毎年実施している「老人病院機能評価」の2005年度調査結果の概要を報告し、次いで当会および日本療養病床協会における活動の一環として10年以上にわたって、高齢者の終末期医療(ケア)に、積極的に取り組み、自院でも先駆的な取り組みを実践している中川翼氏の論文・報告を参考に、療養病床における終末期医療(ケア)の実態について述べる。
@2005年度「老人病院機能評価」調査結果(13回目)より
@.参加病院(175病院、療養病床29,000床)のプロフィールから
最近4年間の推移
*家庭からの入院が減り、医療機関からの入院が増えている
*退院先として家庭、医療機関、老健・福祉施設への割合は変らず、死亡が漸増
*植物状態,気管カニューレ装着患者が増加し、点滴、中心静脈栄養、経鼻経管栄養、胃ろう造設の処置を受けている患者割合も増加している
*褥そう発生率、骨折発生率は増えていない。
*人員配置ではリハ専門職は増えているが、看護および介護職が減り、医師数もやや減少している
*(なお、介護保険施設における抑制は徐々に減少しているとの報告もある。(認知症介護研究・研修センター、平成18年3月))
A.職員意識調査(終末期ケア関連のみ)
*「医師と他の専門職との検討のもと医療が行われている」 60%
*「患者のQOLを高めるという視点から医療の関わり方が検討されている」55%
*「ターミナルケアの検討は毎月積極的に行われている」20%
*「治療行為よりも安らかな最後に向けての対応」50−60%
*「最後まで治療中心」14−18%
*「安らかな死に向けての4項目」について「3項目以上実施」が50%
4項目:1)十分な説明、2)単なる延命のための処置の排除、 3)単なる重症者でない特別の部屋の確保、 4)家族の参加の奨励
A望ましい高齢者のターミナルケアのあり方(定山渓病院院長 中川翼)
1)出発点は、患者本人・家族との良好なコミュニケーションをとる方策を探り、信頼関係を築いた上で、その(現状はほとんど家族の)意向に沿ったケアを行うこと
2)発熱など特別な理由がなく、徐々に経口摂取ができなくなった時点で、カンファレンスを開き、職員と家族の意思統一を図る
3)水分、栄養の摂取方法は末梢点滴、経管栄養、中心静脈栄養等あるが、家族の意思に沿う
4)食事はできる限り口から、本人の好むものを優先する
5)抗不安剤セラニン座薬の適切な使用(呼吸苦・喘鳴、身の置き所のない倦怠が推定
されるしぐさに対して)
6)身体の清潔、褥そう予防、関節の拘縮予防に努める
7)身体拘束は厳禁(終末期に、拘束してまで行う治療行為はない)
8)ベッド周囲の環境を整える(個室が望ましい)
9)適宜、家族に説明。スタッフと家族は共通認識でかかわる
10)無益な転棟は極力避ける
11)診療録に日直、当直医への伝達事項を記載する(方針の共有)
12)末梢点滴が入らなかったら、無理をしない
13)ベッドサイドリハ(終末期リハ)は可能な限り行う
14)人工呼吸器は通常使わない
15) 死亡後カンファレンスは2週間以内に実施する
その他、定山渓病院では
*ケースにより、事前に本人や家族から「終末期の意思確認用紙」に記入して貰っている。
平成18年9月5日現在記入して貰った38名のうち、ほぼ家族の全員が望まなかったのは心肺蘇生と人工呼吸器装着であった。また、大半の家族が望まなかったのは、中心静脈栄養と経管(胃ろう)栄養、輸血であった。逆に全員が望んだのは、点滴(抹消)と酸素であった。
*経管栄養に関しては経鼻経管は極力避けて胃ろう造設に取り組んでいる |
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5.終末期において治療を中止する際の法律上の解釈と問題点
まず、「救命」と「延命」は異なることを確認すべきである。例えば、救急搬送された場合の処置は、すべて「救命」である。
したがって、慢性に経過する疾患に罹患しており、しかも死が予測される場合に「延命」が問題となる。死が予測される「終末期」における「緩和ケア」を目的としない医療処置は延命に該当すると考えられるが、経管栄養の管や人工呼吸器などの医療機器は一度装着されると、病状の進行を理由に医療者の手によって取り外すことはできないというのが大方のコンセンサスであろう。したがって、管の挿入や人工呼吸器の装着については、開始するかどうかにすべてが掛かっていると言っても過言ではなく、この時点での患者・家族およびスタッフとの合意が、すべてである。少なくとも医師一人の判断で、生命維持に直結する処置の中止は厳禁であると心得るべきである。
次に、「異状死」の問題がある。死亡する24時間以内に患者を診ていなければ、あるいは疾患の経過から予測されない死亡の場合はすべて「異状死」とみなす現状は、「在宅死」をいっそう困難にしていると考える。この点については管轄の警察との打ち合わせも必要であろうが、法的なガイドラインを早急に見直すことが必要である。
さらに、認知症高齢者に多く見られる異常な摂食行動により、食べ物を誤嚥し、不幸にして死に至った場合、死因は窒息が正しいのであろうが、現在の死亡診断書で定められている書式には窒息が外因死と分類されており、窒息即事故死(施設の過失)との誤った印象を遺族に与えている。
最近、保険会社も窒息を機械的に事故死と解釈し、基礎疾患との関連性を認めない風潮にある。このままこの問題を放置すれば、喀痰による窒息も、すべてが事故死と認定され、すべてが異状死とされかねない。高齢者の尊厳を守るためにも、外因死=異状死の解釈を是正する必要がある。
いま一つの問題は「成年後見制度」に関わるものである。現在の法律では、後見人が行使できる代諾の範囲は資産管理、身上監護に限定されており医療に関する代諾権は認められていない。今後、身寄りのない認知症高齢者の増加が予測される中、この点について早急に検討が加えられるべきである。 |
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6.その他の課題
国民のどれだけが「家庭死」を望んでいるのか、明確な資料はない。国が言う在宅死には家庭のみでなく「居住系」と称する非医療施設での死が含まれていることを国民に伝えることが肝要である。核家族化、単独世帯化、家族の介護力低下の現状を直視し、高齢者の孤独死と医療抜きケアはなんとしても避ける仕組みの構築が求められる。
現在の慢性期医療費抑制策は、二木立氏が指摘するように「日本療養病床協会が介護力強化病院の時代から営々と築いてきた高齢者への『良質な慢性期医療』の提供が根底から崩され、30年前の『悪徳老人病院』が復活する可能性」の危機に瀕している。今回の提言が「高齢者の尊厳ある死」の実践に役立てば幸甚である。 |