老人医療NEWS第25号 |
老人保健法の一部改正法が、去る9月末、やっと成立した。今年の2月12日に国会へ提出して以来、7ケ月余、二国会を経ての成立であった。
改正の中味は、老人訪問看護制度の創設、初老期痴呆患者の老人保健施設への入所といった、時代の要請に応えたものと共に、患者一部負担金の引上げ、引上げスライド制の導入、そして、老人保健施設など介護的色彩の強い施設における公費負担割合の5割への引上げといった与野党対決要素の大きいものを含んでいた。
これまでの老人保健法の制定や改正と異なり、今回、共産党を除く全野党が賛成に回ったことは驚くべき出来事である。私は、改正案を持って国会議員回りをしながら、この時代変わり、様変わりをひしひしと感じたものである。「入院一部負担金の額が800円(修正前)なんて高いとは思わない。ただ、今の400円からいきなり倍というのはひどいじゃないか」という声を野党の方から聞くたびに、 「それなら、これまでにも少しずつ引上げておけばよかった(のに)」と思ったものである。政府としては、理論的に積上げた引上げ額の提案であったのだが、成立のためには政治的妥協も受け入れざるを得なかったのはやや残念ではあった。
法改正の終わった今、舞台は次の場面に移る。老人診療報酬の改定、マンパワー確保対策、来年度予算案のつめ。介護機器開発などさまざまのプロジェクトの発足等々・・・。
これらの中でひとつだけ、特に取り上げておきたいものがある。厚生省老人保健福祉部から来年度予算要求をしている「老人介護実習普及センター」事業である。高齢社会を市民総参加で支えていこう、他人の為にも汗をかこうという市民意識の改革を、老人介護の実体験を通して実現していこうというものである。介護実習は。寝たきり老人を持った家族とかホームヘルパーあるいはその志願者といった限定を一切取り払い、「市民のあらゆる階層、即ち、老いも若きも、男も女も、主婦も労働者も学生も、皆が目主的に老人介護の体験をできる」、そういったセンターをモデル的に設置していこうというものである。 望ましく、健全な高齢社会、それは市民全体が、プロもアマチュアも、公も民間も、皆が参加して支えていく社会であると確信する。まさか、この市民総参加を、戦前の国家総動員とダブらせて、アレルギー的(酊イデオロギー的)に反応する人はもういないと思うのだが・・・。
折りたたむ...「思いやりの心」が健全運営に貢献
患者さんにとって ”安心”とは何か?から出発
昭和55年、院長は後継にあたって無床診療所から36床の内科病院を設立し、3代目としてスタートした。
患者は入院となると不安の材料が増えるのが常。勤務医時代、付き添い人がいる患者とそうでない患者が混在していた中で、患者の心理的不安や気兼ねに接して心を痛めた。新規病院なら何とかこれを解決できると考え、「付き添いは遠慮願う」ことにした。全て病院職員が行うのであるから「付き添い料」はなし。当然のことながら経営は苦しかったが、県内は勿論県外からも入院依頼が絶えなかった。現在あるのはよその倍は働くというスタッフの努力の賜物と言えそうである。
このような経緯が入院医療管理料承認一号に結びつくことになった。
病院側のサプライは患者ニーズに応えるものでなければ・・・
「今自分がしていることは本当に患者さんのニーズにマッチしているだろうか」と常に患者の立場になって接しなければならない。これは慢性期の患者には特に必要となる。
オムツが汚れた、布団を掛けて欲しい、身体の向きを変えて欲しい・・・という患者の最も身近なニーズを疎かにして検温・注射・記録等の業務を優先してはいないだろうか。我々は常に患者の身になっていないと自己満足で終始していてもそれに気付かなくなる・・・と院長の辛口言葉。
訪問なくして患者のニーズは分からない
入退院を繰り返してきた患者も少なくない。往診してはじめて理由が分かることが多い。生活の場や家庭的背景などを知ることは、病院の中でいくら努力しても限度がある。これを無視して外来・入院・ショートステイ・デイケア等において最良の医療サービスを心掛けたとしてもザルで水を掬うことに成りかねない。老人医療は訪問で始まって訪問で終わると言っても過言ではない・・・と訪問医療に対する熱意は大きい。 (写真PDF参照:ユニークな車で医師・看護婦・PT・OT・MSWが訪問)
老人リハビリのあり方についての疑問
運動・作業療法施設基準の承認を得るにあたり、対象が老人とはいえハードもソフトも一般患者と同様の基準が必要とされる。然しながら10kgの鉄亜鈴は一度も使用したことはない。そもそも今までが訓練室に頼り過ぎの傾向にあったのではなかろうか。
院長は、平行棒では歩けるが病室では立てない患者も珍しくないことを指摘し、老人リハビリは多角的なアプローチを組み合わせることが必要と声を大に訴える。基礎訓練型、熱中型、リフレッシュ型、実践介護型、デイケア型の5種類の呼称は院長発案の特製リハビリメニュー。
ハードの限界に創意工夫で挑戦
理想は分かっていてもハード面での投資には勇気がいる。医療界の氷河期とも言える近年、特に老人医療と真っ向から取り組んでいては大胆なことは危険が大きすぎる。必然的に1床当たりの面積も車椅子には不適当なものになってきた。
これをカバーするために退院間近の患者さん用に模擬家庭病室、医師住宅を改造した入院患者用デイケア施設、できるだけ病室を離れて楽しもうという「ふれあいルーム」等を作り、さらに談話室や職員食堂の有効利用に努めて。ADL・QOLの向上を目指している。
(写真:医師住宅を改造、1日ここで過ごせたら退院に向けて大きく前進)
スタッフは資格の衣を脱いで
昨年開設した老人保健施設では有資格者を含めて全てのスタッフをケアサポーターと呼び、白衣を脱いで私服とエプロンにしている。
資格は意識しなくても無くならない。むしろ一般人として一人一人の患者さんと接することから色々なものが見えて来るし、そういう心でいると患者さんから教えられることが多くなる。これこそ老人医療界でプロになる必須条件であると言う院長は目ら食事介助を通じて患者さんと接することもある。今、病院でもこの意識改革が進行している。
(写真:患者さんもスタッフも大家族の一員、自慢の庭園には散策コースもある)
チーム医療・・・各職域の信頼度と有機的結合が鍵
院長が絶えず職員に呼び掛けていることにチーム医療の概念がある。
昔は医者がオールマイティーにやっていたが、現在は専門職種が多数誕生している。これに伴って個々の医療・福祉サービスの質に注目すれば明らかに向上している。しかし、職種間で情報の共有や技能の有機的結合がなければ各職種毎の白己満足に終わり、患者さんにとってより実り多い結果は生まれない。即ち、各種専門家が集まってはいても昔の医者にはかなわないことになる。・・・と「チーム医療充実委員会」なるものを結成している。
又「患者さんの正体は正多面体」とも説明している。スタッフはその職域にあった面を正面から見て、それを最も大きな事柄として捕らえ易い。実は斜め、横、後方にある面も大切な一面であり、それらにも気を留めなければ真に「人」と接することにはならないというのである。
院長は早朝7時から回診
院長の口癖に「患者さんの日課と時間を大切にしよう」がある。今までは医療者側のスケジュールで患者さんを振り回すことが多かった。日勤帯は各職種間で患者さんの奪いあいになっていた。リハビリ室で励んでいる最中に「回診だから病室に戻って下さい」というのは避けたい・・・と早朝回診を取り入れている。
お年寄りは朝が早く、開店前には行く所も限られている。回診の能率は良く、1日の行動開始前の心身チェックとしても「早朝」は好条件であり、実に理にかなっている。
(写真:早朝回診で食事介助をする院長)
小規模ならではの武器もある筈
大病院に利点があるように、中小病院ならではということもきっとある筈。「朝礼暮改も敢えて辞さず」という院長の口癖も小病院向き。たとえヒントが何気ない子供の一言であろうと痴呆患者さんの意見であろうとも、患者さんにとって良いことであれば即刻取り入れるという姿勢で構えている。
折りたたむ...老人には慢性の貧血がしばしば見られます。私たちの病院では開院後1年9カ月の間に60歳以上の入院患者が489人あり、そのうち入院時の検査でヘモグロビン濃度(Hb)が11.0g/dl未満の人は132人(27.0%)でした。その中で慢性消化管出血(悪性腫瘍)の例に、Hb4.4、2.6、5.6g/dl(MCH15〜18)と高度の低色素性貧血がみられましたが、本人も家族も貧血には全く気付かず、ただ高齢のために弱って寝込んだと思っていました。
貧血は慢性的に進行すると、それに順応するために目覚症状が現れにくく、Hb8.0g/dlまでは普通に日常生活を送れるとされていますが、動きの活発でない高齢者ではこれ以下にHbが低下しても、貧血として認識されないことがあります。高齢になるにつれて、骨髄の造血能の低下と赤血球寿命の短縮によって、赤血球数や恥が減少するとされていますが、それはせいぜいHbで1〜2g/dlの範囲内ですので、60歳を過ぎていても、Hbが11.0g/dlに達しない人は全て病的な状態にあると考えるべきでしょう。
検血という簡単な方法で異常が示唆されますので、健常に生活している老人では、定期的に健康診断を受けて、貧血を見つけ出し、それを手掛かりに病気を早期に発見して冶療を行えば、やがて訪れるADLの低下を少しでも先へ延ばすことができると思います。
高齢者でも造血組織の異常である血液疾患の場合は、貧血に伴う症状、出血傾向、発熱などが印象的で、貧血に気付きやすく、診断をつけるのは比較的容易で、治療方針もすぐに決まります。また、種々の欠乏性貧血でも診断は簡単で、治療効果も期待できます。
一方、寝たきりの状態に陥っている老人の慢性貧血では、成因が複雑なのに加えて、充分な検査も困難で確定診断に至らず、対症治療とならざるを得ないことが多いようです。予備能が低下しているため、貧血が新たな他の機能障害をひきおこすことを恐れて、Hbが8g/dl程度の例でも輸血などの対症療法を考えることもありますが、この程度の貧血例では、積極的に運動させてADLが上昇すると、貧血も軽快することがしばしば経験されます。つまり、ADLが低下した老人の慢性貧血では、ADLの改善を目指すことで、結果的に血液所見も改善されることがありますので、安易に輸血などに頼らず、意欲的に機能訓練に取り組むことも大切なことだと思います。
折りたたむ...5月25日、京都市・KBSホールにおいて老人の専門医療を考える会第8回全国シンポジウムが開催された。400名余りの聴衆を前に、厚生省老人保健課長伊藤雅治氏の講演「これからの老人医療」と、国立医療・病院管理研究所医療経斉研究部室長小山秀夫氏を司会とするシンポジウム「病院からの家庭復帰を目措して」が行われた。
天本宏会長挨拶では「病気を治すことを中心に考えられてきた老人医療から、生活に視点を向けたチーム医療へと新しい医療をつくりあげていかなければならない。施設に閉じこもりがちな医療を、いかに地域に広めていくかが課題である」と述べられた。以下、次号との2回にわたり概要を紹介したい。
これからの老人医療 伊藤雅治
医療の根本的問題は、疾病構造の変化に対する医療関係者の基本的認識不足にあると思う。日本では、戦前から戦後にかけ死因の1位は結核を主とする感染症であった。これが、昭和40年代には成人病が疾病の主流となってくる。
死因も1位脳卒中、2位癌、3位心臓病へと移り変わった。しかし、この成人病の中でも徐々に構造の変化がみられ、現在では1位癌、2位心臓病、3位脳卒中となっている。また、癌だけについてみてもその中身は変わりつつある。
そこで、現在の日本の医療を考えてみれば、疾病構造の変化だけではなく高齢化が急速に進んでいることにも注目しなければならない。高齢者、特に後期高齢者の増加は寝たきり、痴呆の出現率を大幅に増加させることとなる。つまり。介護を必要とする医療が求められる時代となったのである。
感染症、成人病の時代には医療の中心として医師がオールマイティに活躍してきた。しかし、これまでの冶せる医療から介護を必要とする治せない医療への変化は、予防と医療が手を結んだ時代から、医療と福祉が手を結ばなければならない時代へと変わったのである。例えば、痴呆疾患対策をとれば、以前には痴呆の原因となる病気についての対策を考えたが、現在では痴呆の患者さんをどうケアするかということに重点がおかれるようになった。
医療関係者は、このような時代の流れによる医療の変化を認識できているだろうか。
さて、今後の10年はこれまでを上回る勢いで高齢化が進んでいくことになる。高齢化への対応としては、昭和38年の老人福祉法の制定、昭和57年の老人保健法の制定、平成元年の高齢者保健福祉推進十か年戦略の策定と歩みをすすめてきた。これらの施策は、介護の重視、在宅ケアの促進、保健医療と福祉の連揚という3つを柱に市町村を中心にすすめていこうとするものである。
まず、介護については昭和61年の老人保健施設の創設により、健康保険給付の中から介護に対しての費用の支払いが行われるようになった。また、昨年4月には特例許可老人病院入院医療管理料が新設され、介護職員の配置数により看護料、投薬料、注射料、検査料が包括化され、付き添い看護は排除されることになった。
この入院医療管理料の承認を受けた病院を対象に行った調査の結果が表1〜9(PDF参照)である。調査は平成2年11月末日までに承認を受けた108病院を対象とし、そのうちの86病院(14,201床)より回答があった。調査対象時期は、原則として平成2年1月と平成3年1月の各々1か月間である。調査結果から、老人病院の中身が介護を中心として手厚くスタッフを配置したことによりよくなっているのではないか、と評価できる。医療費の中の配分を投薬・検査などから人件費へと変えることによってかなりのことができるのではないだろうか。今後、うまくいけば老人病院のみでなく、一般病院の長期入院にも広げていくことを検討したい。
次に、在宅ケアの推進については施設主義、入院主義から脱却し、在宅療養こそ老人のQOLの原点と考え、支援組織の拡充に取り組んでいく。在宅介護支援センターの整備、訪問看護、訪問リハビリ、訪問診療等の在宅医療、そしてホームヘルバー、デイサービス、ショートステイ等の在宅福祉を強化していきたい。
また、保健医療と福祉の連携については、市町村を軸にコーディネート機能とケースマネジメント機能を備えるようにしたい。1人の老人の抱える問題は、縦割り行政では解決しない。供給体制、費用負担、担当者のアプローチの相違等により、連携は容易ではないであろうが。このコーディネートいかんによって、地域で老人がみれるかどうかにかかってくるのであり、正念場と言えるであろう。 最後に、老人病院の存在価値を確立するためには、医療界のもつ固定概念を打破しなければならない。そのためにも、よい老人病院の括動がしやすくなるよう、制度の改善に積極的に取り組んでいく考えである。(厚生省大臣官房老人保健福祉部老人保健課長)
折りたたむ...診療報酬改定問題の雲行きが悪い。国家財政における歳入不足、つまり税収の落ち込みがひどい。バブル経済だとか、湾岸戦争などで経済全体がバタバタだ。
その結果、診療報酬改定への財源がないということになっている。一方、病院経営は悪化するばかりで、人勧ベースでの人件費引き上げが困難な病院も少なくない。平成3年度の病院の経常利益は、前年度と比較して2%程度低下することが確実である。平成4年4月には、なにがなんでも診療報酬を大幅に改定してもらわなくてはならない。
第一に、2年度分の人件費の増加分について、引き上げが必要である。第二に、不適当な診療報酬について是正すべきである。第三に、老人に関する費用支払いシステム間の整合性を確保することである。
第一の人件費については、毎年平均して7%程度の人件費の上昇を診療報酬で賄うことができない現状がある。2年に1度の改定であっても、人件費上昇分が保障されれば、病院経営の安定化に寄与することになるが、このようなことが保障されていないと不安ばかりが先行し、その結果、医療の質の低下につながる。したがって、人件費の上昇分を次回改定で賄うというルール作りが必要である。
第二の不適当な診療報酬の是正については、室料や看護料などは、実勢価格と比較すれば不適当といわざるをえない。薬価差益がけしからんというのであれば、実勢価格より低い点数は、引き上げるべきである。
第三の費用支払いシステム間の整合性については、老人病院、老人保健施設、特別養護老人ホームの3者の費用積算方法および額を公表するべきである。
少なくとも、各施設の看護職や介護職の労働条件などについては、整合性を確保するべきである。病院の介護職と特養の寮母職の労働内容は、ほぼ同一であるのに、給与に格差があるのは不都合であるばかりか、病院の人材確保を一層困難にすることになる。
介護力強化の七五三病院の場合、以上の3点の問題が直接間接に病院経営に大きな影響を与える。少ない人数で老人の看護・介護の中心を行うのであれば、職員の質が高くなければならない。それには、経済的裏付けが必要である。
また、質の高い看護・介護を行うためには療養環境の整備が必要であり、今後は病院内の各種スペースを確保しなければならない。このような整備には.費用が必要であるが、現行の診療報酬額から捻出することはできない。
さらに、特養と七五三病院の看護業務を比較すると、明らかに看護必要度が高い老人が病院に入院しており、看護職の夜勤者がいない特養との差は明らかである。介護業務については、このような明確な差はないが、同等の労働であれば同等の賃金が社会的費用として支払われるべきである。東京都などの一部自冶体の特養では、職員数を増員して予算配分しており、職員1人当たりの労働が軽減されているにもかかわらず、賃金については、公務員給与と同等になるような仕組みになっている。
医療の分野の介護職が冷遇されていることを、このまま放置することはできない。ホームヘルパーの年収については、376万円程度が全国平均値として考えられているが、夜勤もあり労働量も多い病院の介護職の給料水準がこれ以下であるという現実では、せっかく教育した介護職がホームヘルパーに転職してしまう。したがって、七五三病院の介護職の人件費の算定については、最低でも年収376万円とするべきである。
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